南極でくらす生き物のふしぎ。国立極地研究所生物圏研究グループの伊村智教授が語る。
低温のため液体の水がほとんど存在せず、極度の乾燥環境となっている南極の露岩域。短い夏の間に供給されるわずかな雪解け水も、沈まない太陽に照らされてあっという間に蒸発してしまいます。こんな環境に暮らす「いきもの」にとって大切なのは、液体の水をできるだけ長いあいだ使える環境を見つけ出すこと。例えば直射日光が当たらず風も避けられる岩陰では湿度が保たれるようで、コケや地衣類が身を寄せ合うように群落を作っているのが見つかります。ほかにも、よい隠れ家がないものでしょうか。
まず、砂地に白っぽく平たい小石を見つけたら、そっと裏返してみましょう。緑色のコケや藻類などが、石の下に生えているのが見つかるはずです(写真1)。彼らは水分が保持されている石の下で、石を透過して届く弱い光を使って光合成をおこない、群落を維持しているのです。
一方で大きな岩盤そのものには、水分などどこにも残っていなそうですが、それでも「いきもの」はあきらめません。風化してできた岩の割れ目の奥を覗いてみると、やはり藻類などが見つかります(写真2、3)。このような割れ目の奥でも、しみ込んだ雪解け水が最後まで残り、またわずかな光が届くことで光合成が可能なのでしょう。小石の下や岩の割れ目にみられる、これらコケや藻類などの群落の中には、細菌や草食性のダニなども住み込んで、ささやかな生態系すら見ることができます。
さらに究極の隠れ家は、岩そのものの中にあります。探すのは花崗岩のような、白っぽい大きめの結晶からなる岩石です。まるで水分などありそうもない、割れ目すらない岩石でも、ハンマーで割ってみると、岩の表面から5ミリメートルほどのところに緑色の層が見つかることがあります(写真4)。これは、地衣類が岩石を形作る結晶と結晶のわずかな隙間に潜り込んで、そこにしみ込んでいる水分と透過してくる光を使って生活しているのです。まさに岩石そのものの一部として生きる、「いきもの」の究極の姿がここにあります。
<次回は、2024年5月14日に公開予定です。>
- 伊村智(いむら・さとし)
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国立極地研究所 副所長 生物圏研究グループ教授。 第36次南極地域観測隊で越冬隊、42次夏隊、45次越冬隊、49次夏隊、64次夏隊、イタリア隊、アメリカ隊、ベルギー隊に参加。49次と64次では総隊長を努めました。 南極の陸上生物、特にコケを扱っています。南極湖沼中の大規模なコケ群落である「コケボウズ」が興味の中心。