スキー場の冬枯れの梢(こずえ)に、毛糸の塊のようなものを見つけました。

南極でくらす生き物のふしぎ。国立極地研究所生物圏研究グループの伊村智教授が語る。

長野県で南極地域観測隊が毎年冬に行う冬期総合訓練に参加した3月初め、スキー場の冬枯れの梢(こずえ)に、毛糸の塊のようなものを見つけました。差し渡し5センチメートルほど白いボンボンのようなこれ。実は地衣類、菌類と藻類の共生生物です。

でも、ちょっと不思議じゃありませんか? 梢は、木が根から吸い上げた水が枝先まで運ばれて来るからよいとして、付着している地衣類はどこから水を得て、こんな空中生活を可能にしているのでしょう。梢から水を吸っているのではなく、実は雨や雪、霧、夜露などに頼っているのです。彼らが生きていられるのは、空から時々やってくるこれらの水分が使える時だけ。だからおそらく、一年のほとんどはカラカラに乾いた状態で過ごしているはず。地衣類は、不定期に短時間供給される水分を使って生き、乾いている時間は代謝を落として眠り込む能力を持っているのです。普通の生物には、こんな生活はとてもできません。

地衣類がこのような特殊能力を最大限に発揮できる場所、それが南極大陸です。気温の低い南極は、寒さのせいですべての水分が凍り付き、液体の水が存在しないという意味では究極の乾燥環境なのです。そこで生きていけるのは、一瞬供給される雪解け水を使って生き、後は凍結乾燥状態で耐える能力を持つ生物だけ。地衣類は、砂漠のような南極の陸上環境にしぶとくしがみつき、そこに王国を築いたのです。

南極大陸の岩に付着する地衣類(黒や黄緑のもの)

<次回は、2024年4月16日に公開予定です。>

伊村智(いむら・さとし)
伊村智(いむら・さとし)

国立極地研究所 副所長 生物圏研究グループ教授。 第36次南極地域観測隊で越冬隊、42次夏隊、45次越冬隊、49次夏隊、64次夏隊、イタリア隊、アメリカ隊、ベルギー隊に参加。49次と64次では総隊長を努めました。 南極の陸上生物、特にコケを扱っています。南極湖沼中の大規模なコケ群落である「コケボウズ」が興味の中心。