南極地域観測隊の広報として、自身の持ち味を活かし、読んでくれた人の心に残る記事を書きたい——。丹保俊哉・第65次南極地域観測隊広報隊員は、南極での4ヶ月間、広報として「観測隊ブログ」を日本へ届けることに奮闘してきました。発見、驚き、そしてちょっとした苦労話。伝えたいことは山ほどあるのに、記事にできなかったこと、書ききれなかったことばかり。当時伝えきれなかった南極の情景を、赤裸々な心理描写を交えて、振り返ります。
連続砕氷の音「ゴリゴリゴリゴリ」
色々と試した「南極の伝え方」で良い塩梅の成果を得たこともありました。そのひとつとして、砕氷航行中に船内で聞こえる音を録ってみたことです。映像として砕氷中の「しらせ」の様子をご覧になったことがある方は多いと思いますが、そのとき船内ではどんな様子なのか、音として聴いたことがある人はあまりいないだろうと思ったのです。私が観測隊ブログの原稿をまとめながら観測隊寝室で録ったため、パソコンのキーをタイピングしたりマウスクリックしたり、また座っている椅子が軋む音も混じっていますが、是非聴いてみて下さい。
お聞き頂いたのは、海面が完全に流氷に覆われた密接度10と表現される海域で、比較的順調に流氷をかき分けて連続砕氷航行しているシーンです。流氷と干渉した船体が強弱を伴いながら振動し、船室の什器が共振している様子を脳内でイメージいただけるかと思います。観測隊寝室がどんな空間なのかについては、こちらの観測隊ブログからご覧ください。これが乱氷状態の流氷に助走を付けて乗り上げ砕氷するラミング航行に移行すると更に酷くなります。
船首からみた「しらせ」ラミング砕氷航行
流氷域に低気圧が接近し海面上を強風が吹き通ると、流氷が吹き寄せられて「おしくらまんじゅう」を始めます。お互いが押し合いへし合い、ぐしゃぐしゃに潰されたりせり上がったりして積み重なった乱氷域が発達して、ひと目で強く圧密されてできたものだと分かります。その瓦礫のように乱雑に積み重なった障害物の群れに突っ込んで船体を乗り上げるのですから、船の揺れは波浪によるものとはまったく異なります。ラミング砕氷の度に船は不自然に左右どちらかへ傾いたり進路が急に偏向したりするのです。その様子に、ロックシンガーがライブハウスで観客の中にダイブするシーンを連想してしまいました。このように暴風圏の海から氷海へと入ると、船の動揺の性質はガラッと変化するのでした。私自身、船酔いするよりも遙かにましとは感じていましたが人によってその印象はまちまちだと思います。
それがのっぺりと白一色に海面を覆う定着氷に入るとまた変化します。定着氷は波浪の影響をほとんど受けない海岸に接した海域で安定して結氷が進むので、水平な氷の板として均一に成長しています。そのため、砕氷中の船体と定着氷との干渉状態は流氷域ほど大きく変化しないので、乗り心地としては悪くありません。ただし氷が船体と摩擦して発するザーザー、ゴーゴーという騒音は会話のボリュームを調整させるには十分な音量でした。「しらせ」の砕氷航行に関して、より深い知識をお求めの方はこちらの文献がとても参考になります。

さて、次の動画で、高密接度の流氷域をラミング砕氷する様子と、定着氷間近で連続砕氷する様子の2つのシーンを比較観察してください。特に注目していただきたいのは「しらせ」の動揺する具合が水平線(氷平線?)に揺らぎとして見えるところです。自動車で例えると、未舗装の悪路(流氷域)を走っている様子が左側で、平坦な舗装路(定着氷)を走っている様子が右側です。航行速度も違いますね。それぞれのシーンで氷の厚さが違うことが速度に表れているようです。
また24時間休むことのない「しらせ」の船内では色々な音が鳴り響いています。寝室の真下にある貨物倉庫からは就寝時間帯も関係なく昇降台が上下したり隔壁を開閉したりするような電動機の音、また真上の飛行甲板からはヘリコプターが離発着する音、更に空調ダクトから吹き出す風の音が常にあったりと割とうるさい環境で過ごしていました。流石に住めば都とまでは思えませんでしたが、こうした環境音に対する感受性が鈍感だったのは助かりました。こうして1年前を振り返って書いてみましたが、視覚以外の感覚の体験を文字に起こすのはなかなか難しいものですね。
潮汐によって上下する「しらせ」
上の動画を見てみてください。帰国後のことですが、東オングル島の見晴らし岩に設置されたライブカメラ画像からタイムラプス映像を作成したところ、潮の満ち引き(海洋潮汐)によって「しらせ」の船体が分かりやすく上下して見える様子が確認できます(2023/12/29〜2024/1/6)。海岸と繋がっている定着氷がこの潮汐変化に追従できずタイドクラックと呼ばれる割れ目が発達することがよく理解できました。オングル海峡の海面変動グラフは国立天文台の海洋潮汐予測システムNAO.99bを使用して作図しました。
最後に、定着氷域で見かけたペンギンの生態を示す写真を添えて、第3回を締めたいと思います。次回は氷と海の世界から一転、分厚い氷雪に覆われる南極大陸のごくごく一部に限られる、陸地が露出しているエリア「露岩域」の情景をお伝えしたいと思います。


【連載】伝えたい極地の姿・形(全5回)
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- 丹保俊哉
- 富山県立山カルデラ砂防博物館の学芸員として立山連峰の地震や火山活動などの調査をおこないながら、山地の成長とともに発達した地形の生態系や地域社会との関わりを紐説いて、立山の魅力と脅威を平易に普及啓発することに取り組んでいる。色々な地形をみてその成り立ちを妄想するのが好き。第65次南極地域観測隊広報隊員。ぼっち気質のため、南極では昭和基地よりも露岩域の方が過ごしやすかった。