南極地域観測隊の広報として、自身の持ち味を活かし、読んでくれた人の心に残る記事を書きたい——。丹保俊哉・第65次南極地域観測隊広報隊員は、南極での4ヶ月間、広報として「観測隊ブログ」を日本へ届けることに奮闘してきました。発見、驚き、そしてちょっとした苦労話。伝えたいことは山ほどあるのに、記事にできなかったこと、書ききれなかったことばかり。当時伝えきれなかった南極の情景を、赤裸々な心理描写を交えて、振り返ります。
海での戦い
突然ですが皆さん、海は好きですか? そう尋ねるからには、私は海のことを学べる大学に進んだくらいには海が好きです。当時の私にとって海とは、魅力と神秘に溢れたものの代表例でした。日本の多様な風土や産業、文化など、海に囲まれていることが要因の事柄は探せば幾らでも出てきそうです。年齢を重ねた今でこそ、自然がみせるさまざまな現象が相互作用に起因するであろうことに疑念を持つことはありませんが、それでも神秘さを感じてしまうことは止められません。その一方、底知れない怖さも感じていて、海は人の力では抗いようもない強い力を見せつける畏怖畏敬の存在です。そんな海が、南極地域観測隊に参加する上での障壁のひとつになりました。何故かというと見当が付く方もいるとは思いますが、私の強度の船酔い体質です。どれくらいダメかというと、波静かな瀬戸内を航行する1万トン級の大型客船で寝込んでしまう程度、というと指標になるでしょうか。この体質が発覚したのは学生時代の初の海洋実習で、実習船に乗ったときでした…。さて急に話題がチープになってきましたが、今回は南極の海に関わることをお伝えしたいと思います。
船に弱い人間が暴風圏を超えなければならない南極へ行くにはそれなりの覚悟が必要でした。しかも広報担当隊員という立場ですから「船酔いで記事も書けずに倒れてはいられない」という自らの枷が、行く前から余計に不安を掻き立てました。当然、往復分の酔い止めは用意しましたが結局のところ、なるようになるしかないとか、いややっぱり無理だとかいう、やけっぱちに近い悲壮感を抱きながら出発することになったのは、船上生活での気持ちのゆとりや、取材活動の柔軟性を奪うことになっていたのではなかろうかと、帰国後も心残りを引きずっていることにも繋がってしまっているようです……。
結果として私は、第65次南極地域観測隊の夏隊の派遣期間118日間のうち、半分以上である70日間を南極観測船「しらせ」の上で過ごしましたが、それは行く前から分かりきっていたことでもありました。そんなにも長い間、船上で過ごすわけですから「海象や海洋観測の様子をどう伝えたらブログを読んでくれる方の心に響くだろうか?」とは出発前から思案していたことのひとつでした。そしてひとつ思いついたのは水中マイクを使ってみようということでした。「もしかしたらクジラの声とかが聞こえたり、海中のさまざまな音で南極の海をイメージしてもらえるかも……」という目論見がありました。しかしいざ海氷上で使おうとしたときに動作しなかったり、また甲板からマイクを吊り下げようとしたら海面まで思いのほか高くてケーブルの長さが足りないとか、結果としてその目論見は成功しませんでした。なさけない失敗は野外同行取材で度々あって随分がっかりしたものです。将来、広報担当隊員になってみたいという方にはぜひさまざまなアイデアで南極の世界を伝える挑戦をしてみて欲しいと思います。
強風と波浪のうねり
暴風圏を通過中は、接近してきた低気圧の影響もあって強風や高波のためしばしば露天甲板への立ち入りが禁止され、また上陸後の活動に備えた準備作業などもあって必然的に船内で過ごす時間が多くなりました。撮影した写真や映像も船室の様子が多くなり、吠える40度とか狂う50度という荒れた海の様子を直接的に捉えられる機会はあまりありません。その一因にはもちろん船酔いの影響も入っています。特にシャッターチャンスを待つ間は、一眼レフカメラのファインダーを覗きっぱなしになるのでかなり堪えます。最初の頃は、酔い止めもそこそこに効いて大丈夫かも? と思えたものの、1週間もすると「しらせ」船体の動揺が強くなったためか海氷域までは食事の匂いが受け付けられなくなってしまい、辛うじて嗜好品を偏食してなんとかしのいでいました。ところが復路になると薬も不要なくらい全く酔わなくなってしまって、自分でもその変化に当惑するくらいの大きな驚きを覚えたものです。なんとか荒れる海の様子を伝えられる手段はないものかと思い色々と模索してみた結果を集めて動画にしました。
皆さんは海岸近くの波静かな入江や港湾などで、海鳥が海面上に浮かんで羽を休めている様子を見たことがあるかと思います。でも波浪の大きな外洋で海面に浮かんで休むこともあるとはなかなか想像できなくありませんか? 私はそうでした。流氷域の外縁で海洋観測しているところ、眼の前でアホウドリが着水せんばかりに海面の様子を伺いつつ降下してくるのを見て「え? 降りるの?!」と思いながらもシャッターを切ることができました。

帰国後に調べるとアホウドリは、繁殖期以外はずっと海の上で生活する鳥とのことでびっくり。またキョクアジサシなどの渡り鳥も海面で休むことはあるようです。とはいえ外洋の海面に漂う様子を見る機会は少なく、おそらく簡単に撮れるものでもないとの思いからご覧いただくことにしました。しかし観測隊には「しらせ」を追いかけて優雅に飛び交う鳥たちを上手に捉え迫力ある写真を撮るバードウォッチャーが多かった一方、実はブログに載せられるほどの写真が撮れなかった広報隊員としては面目がありませんでした。
【連載】伝えたい極地の姿・形(全5回)
前の記事|昭和基地の地形と道 https://kyoku.nipr.ac.jp/article/3122
次の記事は、5/15に公開予定です。お楽しみに!
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- 丹保俊哉
- 富山県立山カルデラ砂防博物館の学芸員として立山連峰の地震や火山活動などの調査をおこないながら、山地の成長とともに発達した地形の生態系や地域社会との関わりを紐説いて、立山の魅力と脅威を平易に普及啓発することに取り組んでいる。色々な地形をみてその成り立ちを妄想するのが好き。第65次南極地域観測隊広報隊員。ぼっち気質のため、南極では昭和基地よりも露岩域の方が過ごしやすかった。