南極観測で運用している自己浮上式の海底圧力計

先人たちが積み重ねた膨大なデータを背に、研究者は未知なる南極海を舞台に今日も装置を潜らせる。極地研の海洋観測を紹介するリレー連載。

海の水位は、月や太陽の引力で周期的に変化しますが、その大きさやタイミングは場所によって大きく異なります。また、海底の地形の影響で予想とは異なる動きをすることもあります。近年の地球規模の変動を理解する上では、海水が水温上昇で膨らんで水位が上がっているのか、氷が融けて海水が増えているのかを観測し、区別することが非常に重要になってきました。そのため、海水位の観測は航路情報の取得だけでなく、長期的な海面変動の解明にも欠かせないものとなっています。

昭和基地では1971年から西の浦の海底に設置した水圧式の験潮儀(けんちょうぎ)での潮位観測が開始され、1979年以降は連続データが得られています。一方、2004年には昭和基地から約250キロメートル沖合の「しらせ」航路上で、自己浮上式の海底圧力計(写真1)が設置され、外洋域での安定した水位の通年観測データの取得が可能となりました。圧力式の水位観測では、熱膨張など海水の密度変化による水位変化ではなく、氷が融けたことによる水位変化が捉えられることから、南極氷床の周辺で観測を続けることに意義があります。また、南極の海には東から西に流れる「南極沿岸流」が存在し、その北側の外洋域と沿岸域では海水の環境が大きく異なります。この違いが両地域の海水位やその変動にどう影響するかを調べることが重要です。そのため、沿岸域と外洋域での観測はセットで行う必要があります。

写真1:南極観測で運用している自己浮上式の海底圧力計。

南極観測船「しらせ」の航路を利用した観測では、往路で新しい海底圧力計を投入し(写真2)、復路で2年前に投入した機器を回収しています。この方法により、長期的にデータの欠損なく観測が続けられています。観測機器は水深4,000メートル程度の地点に設置され、水温の変動が少ないため精度の高い潮位データを得ることができます。データは1分間隔で記録され、2年間で100万件超のデータが蓄積されます。観測機器はオレンジ色の球形容器に収められ、沈降速度約2m/sで約30〜40分かけて海底に到達します。回収時にはステンレスワイヤーを切断することで錘(おもり)を切り離し、本体の浮力で浮上させます。総員で海面に浮く海底圧力計を捜索し、揚収作業を実施します(写真3)。

写真2:海底圧力計を海中に投入する作業風景。
写真3:総員で浮上した 海底圧力計を捜索する様子。

海底圧力計で得られたデータは、大気圧と水圧を合わせたものです。日周期より短い変動を除いたデータを用い、昭和基地での観測と比較します。外洋域では夏季に2〜4センチメートルの海面上昇、冬季にはマイナス2〜マイナス4センチメートルの海面低下が見られ、昭和基地とは逆の季節的な相関が確認されました。この変動は、冬季に強まる東風によるエクマン流や、南極沿岸流の海洋循環による影響であり、大気・海洋の動きが海底圧力と密接に関連していることを示しています。

また、2004年のスマトラ島沖地震では、海底圧力計が地震波と津波を記録しました。地震波や水中音波は地震直後から約2時間にわたって検出され、その後12時間後に到達した津波が記録されています。衛星重力データ(GRACE)※1や海洋大循環モデルとの比較では、現場での観測値とGRACEの方が大循環モデルよりも大きな振幅を示しており、現地ならびに衛星での観測が実際の海洋質量変動をより正確に捉えていることがわかりました。海底圧力計のデータは、衛星観測の基準データとしても重要です。

※1:GRACE(Gravity Recovery and Climate Experiment)アメリカとドイツが共同で開発し、2002年に打ち上げられた地球上の重力の変化を測定する人工衛星。

このように、海底での圧力観測は海面変動のメカニズムを解明する上で重要な意味を持ち、私たちの未来に向けた気候変動予測や防災のための基盤となるデータの取得に貢献しています。静かで暗い海底で粛々と圧力の変動を測り続けた海底圧力計におかえりを言える瞬間は、皆でミッション達成を喜べる貴重な時間です(写真4)。

写真4:無事に船上に回収された海底圧力計を観測室に運ぶ隊員たち。
藤井昌和(ふじい・まさかず)
藤井昌和(ふじい・まさかず) 国立極地研究所 / 総合研究大学院大学 地圏研究グループ 助教
第64次南極地域観測隊の夏隊に参加し、リュツォホルム湾およびトッテン氷河沖の海洋観測、南東インド洋海嶺系のマッピング観測に携わった。2019年と2020年には研究船「白鳳丸」の南太平洋総合観測にも参加。専門は海洋底観測と固体地球物理。小さい頃から海と地球が好きで、「氷下×大深海×マグマ温泉域」が至高の極地であろうと考えている。