雪上車にマイクロ波センサーを搭載して南極の雪原を探って行く

人工衛星の画像から地球を見ると「地球」という惑星探査に挑んでいることが感じられる。白く平らで広大な氷床の雪面下に潜む、謎のまだら模様は何か。その下はどうなっているのか。リモートセンシング技術を使って世界中を巡った雪と氷の研究をご紹介します。

雪の状態をどうしても見たい!

人工衛星に搭載するマイクロ波センサーによる観測はますます重要になっていきました。特に極域ではその効果が期待されました。雪が積もっているかどうか、雪に覆われた地面の土壌水分はどんな感じか、海氷データとともに積雪を見る観測手法はどうすればよいか、計算と合わないのはなぜか、といった具合に開発・調整の要素が増していきました。過去の記憶や地域性が現れるデータということで、見たいものを求めてセンサーの改良を進めました。

マイクロ波は物体の温度と射出率に比例して、物体から放射されます。可視光観測のように日射を必要としないので太陽の出ない極夜でも、また、雲を透過する能力があるので、空が雲で覆われていても地表の観測が可能です。特に周波数の低いものは、積雪層もある程度透過するので積雪内部の観測が可能となります。氷床の表面融解の把握にも有効です。特に極域は対象とする面積が広大でそこへのアクセスが困難で観測地点を設置・維持することが難しく、さらに海氷域では海氷の移動による変化が激しく、観測場所の設置も危険で難しいことがあります。海氷域周辺の海域は雲の発生率が高いため、光学センサーによる地表観測の機会は限られるのですが、マイクロ波放射計では、水蒸気の影響の少ない周波数を選ぶことにより、全天候での観測が可能となります。急な変化が起こりうる嵐の雲の下で、何が起きているか探れるのはとても有効です。

一方、マイクロ波放射計による人工衛星観測の問題のひとつは地表をどれだけ細かく見られるかを決める空間分解能が数十kmと非常に粗く、数mなどから判読が可能な光学センサーなどに比べて物体の判別機能ははるかに劣っています。しかし、観測の幅が広いため、1日の間に地球を何周もしている間に、地球の全体を見て回れます。地球全体を毎日休まず連続観測することが可能です。変化の早い雪氷の監視にその有効性が認められています。

アラスカ

雪があるところにどうしても持って行きたい!

以前のマイクロ波放射計は重く、持ち運びができないものでした。人工衛星により観測されたデータの利用者の立場から、しだいに観測を行う手法やそのセンサーを改良する側に関心を持ちました。そして、自ら持ち運んで実験や観測できる小型で軽量、可搬型のセンサーを企業と開発しました。小型カメラと無線データ送信装置を付けたことで、リモート観測も可能となりました。雪氷研究者は現場に出かけて調査することが多いですが、これはフィールド観測の力強い道具となりました。

研究所の私の部屋には大型のスーツケースに入ったセンサーが置いてあります。この機器は凍った海へ・雪の積もった山岳域へ、南極へ・北極へと運ばれ、砕氷船、雪上車、小型飛行機などに取り付けて雪氷観測をしてきました。積雪の融解が起こる場所、時刻に、現場観測と人工衛星観測とのマイクロ波放射の対比を行うことなども可能となりました。

観測に使われるマイクロ波放射計。この大型スーツケース(写真左)に収まるサイズがポイント。手にしているもの(写真右)はカナダの砕氷船(下図参照)で使われたもので、周波数に応じて受信部分のサイズが異なる機器を用意している。人工衛星に搭載されている高性能のセンサーを手元で扱える。

北海道から南極、北極まで展開。

H-IIAロケット打ち上げ成功のニュース

この原稿を執筆している2025年6月29日に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)のH-IIAロケット最終号機打ち上げ成功のニュースが飛び込んできました。世界が注目する次世代衛星の温室効果ガス・水循環観測技術衛星「いぶきGW」(GOSAT-GW)の運用の一環で、温室効果ガスを観測するセンサーとともに、高性能マイクロ波放射計(AMSR3)が搭載されています。マイクロ波放射計AMSRシリーズは、20年以上にわたって海氷分布や、積雪深、土壌水分や海面水温などのデータを取得して気候変動における水循環を把握することに貢献しています。1987年に打ち上げられた人工衛星「もも1号(MOS-1)」は、日本の人工衛星搭載マイクロ波放射計の草創期のセンサーMSRを搭載していました。1993年、私は南極の昭和基地の大型アンテナで、MOS-1から届くMSR観測データの受信をおこなっていました。MOSは今年4月に日本航空宇宙学会から航空宇宙技術遺産に認定されました。マイクロ波は、時代を超えて地球を見続けています。

【連載】世界の雪と氷を研究して

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榎本浩之(えのもと・ひろゆき)
榎本浩之(えのもと・ひろゆき)
国立極地研究所副所長、北極観測センター特任教授。専門分野は雪氷学、気象学、リモートセンシング工学。1983年に北海道大学工学部を卒業後、筑波大学で修士号(環境科学)、スイス連邦チューリヒ工科大学で博士号(自然科学)を取得。国際北極科学委員会の Vice-President(副議長)も務めている。