ふわふわと風にまかせてただよう風船を眺めていると子供の頃を思い出すが、観測のための気球はすこし違う。手を離れて大空に吸い込まれていくのは同じだが、飛ばすタイミングや飛ぶ高さをあらかじめ調節したり、いろいろなことを計算にいれたりと、科学的な目的をのせて空へ飛んでいく。気球を飛ばす現場と、気象観測の奥深さを綴ったエッセイ。
昭和基地に行ったことのある人ならきっと、白い大きな気球が大空に吸い込まれていくのを見たことがあるに違いない。これは、上空の気温や湿度、風向風速を観測するために1日2回飛揚させる気象観測用の測器(レーウィンゾンデ)をぶら下げた観測気球である。実は、この気球、昭和基地だけでなく世界中で同時刻(協定世界時で0時と12時)に飛揚(ひよう)されていて、日本でも稚内を始めとする16か所で、日本時間の午前9時と午後9時(実際に気球を放つのはその30分前)に一斉に飛揚させている。
昭和基地で、ラジオゾンデを飛揚する高層気象観測が始まったのは3次隊(1959年)から。2月5日の15時(昭和時間、協定世界時では12時)に最初の観測が行われた。ところが5月頃から、気球がそれまでよりも低高度で破裂するようになった。その防止策を同様の観測を行っていた南極各基地に問い合わせた結果、得られた対処方法の一つが気球の油漬けである。気球に使用されているゴムは一般的に低温下では硬化するため、気球を軽油または灯油に浸すことにより、油中の硫黄分がゴムに作用して硬化を防止するのである。昭和基地では、成層圏下部がおおよそ-75℃以下の低温となる5月から11月頃にかけて気球破裂高度が低くなるため、この期間に放球する気球に対して油漬けを行っている(写真2)。
天気予報での利用の他、オゾンホールの監視等のため、レーウィンゾンデだけでなく、オゾン、露点、電気、エアロゾル等を観測するラジオゾンデも飛揚してきた(現在飛揚しているのはレーウィンゾンデとオゾンゾンデの2種類)。写真3は、油漬けした大型の気球3個を連結したエアロゾルゾンデの飛揚風景である(エアロゾルゾンデ自体は、写真3の右端の青いジャケットを着た隊員2人の間にある白い箱)。油漬けの甲斐もあってか、7.2hPa(高度34.3km)にまで到達している。
参考文献 |気象庁編(1989年)『南極気象観測三十年史』 気象庁
- 宮本仁美(みやもと・ひとみ)
- 国立極地研究所 南極観測センター 企画業務担当マネージャー。1979年気象庁入庁。稚内地方気象台、高層気象台、気象庁本庁、静岡気象台長等を経て、気象衛星センター所長で退職し、2020年4月より現職。昭和時代に昭和基地に入った最後の隊である第30次隊、第37次隊で越冬(気象担当)。第52次隊では副隊長兼越冬隊長を務めた。