魚体型のCPR本体。

先人たちが積み重ねた膨大なデータを背に、研究者は未知なる南極海を舞台に今日も装置を潜らせる。極地研の海洋観測を紹介するリレー連載。

2023年末、海洋観測の中で最も長距離データを取得したとしてギネス世界記録に認定された測器がある。一世紀前にイギリスの海洋生物学者アリスター・ハーディー卿により考えだされた連続プランクトン採集器(Continuous Plankton Recorder, 以下CPRと記す)である。CPRは魚体型をしており、観測船の船尾からワイヤーで表層10-20メートル付近を曳航(えいこう)させ、流入口から入ってくる動物性のプランクトンを連続的に採集する。一度の曳航で約900キロメートルの距離を連続採集することが可能であり、北大西洋では1931年から現在までに約1370万キロメートル(地球から月までの往復17回分の距離に匹敵する)のデータを取得してきた。約100年前に開発された測器であるため、電子回路は一切なく、プロペラの動力のみで採集するものであり、今でも開発時と同じデザインのまま観測が続けられている。

魚体型のCPR本体。
CPR観測風景。

CPRは本格的な観測が開始される前、まだ開発途中の「プロトタイプ」のテスト曳航は、1925-1927年にかけてのイギリス・ディスカバリー号南極航海にて実施された歴史がある。それから約70年後、1999年(第41次南極地域観測隊)からオーストラリアとの共同モニタリング観測として南極海で開始した。観測船が航行している間、つまり南極への行き帰りの移動中にサンプリングされるため、シップタイムを必要としない。この効率的な観測方法から、これまでに南極観測を実施している12ヵ国が観測に参加する国際プロジェクトに発展し、広大な南極海の70%程度を曳航してきた実績がある。

南極海CPRプロジェクトでの曳航跡図。

CPRは国際的に統一された観測測器であり、曳航時の動物プランクトンの出現種類と組成、それぞれの種の現存量、分布が明らかとなる。同海域で長期的にモニタリング観測を行なうことで、季節変化、年変化、長期変化と様々な時間スケールで動物プランクトンを調査することができる。唯一の難題は、動物プランクトンを2枚のネット地でサンドイッチして採集するため、得られたサンプルがペタンコにつぶれてしまう。本のページの間に挟んで作る「押し花」のようなイメージを描いてもらうとわかりやすい。プランクトンの押し花からわずかなヒントを頼りに生物の種類を見極めるには、熟練した目が必要となるのである。

CPR標本:押し花のようにつぶれた動物プランクトン。

南極海は地球規模で起こる環境変動の影響がいち早く現われ、もともと人間活動の影響が少なかった生態系はバランスが崩れやすいとされている。環境変化に南極海の動物プランクトンがどのように応答するのかを監視し、理解していくことが重要な課題である。南極地域観測隊では四半世紀にわたってCPRによるモニタリング観測を継続し、数多くの動物プランクトンを取り巻く変動をとらえ続けている。ギネス世界記録を追いかけながら、環境変化がもたらす生物への影響を明らかにするという課題の解決に、大きく貢献する成果を目指している。

高橋邦夫(たかはし・くにお)
高橋邦夫(たかはし・くにお)
極域環境データサイエンスセンター&国立極地研究所生物圏研究グループ准教授。専門は海洋生態学。 これまでに北極調査へ1度、南極調査へ15度参加。極域海洋に生息する動物プランクトンに焦点を当てた研究に取り組んでいる。CPR観測は初年度から全てのサンプル処理を担当し、これまで6万キロメートル以上のサンプルから100万個体を超える動物プランクトンを同定・計数した。