ハンティの服飾模様。

国立極地研究所は、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)の一環として、この夏、北極の自然とそこに暮らす人々の生活をテーマにした企画展示「キョクホクの大河」を、南極・北極科学館で開催中です。展示制作者の渡辺友美さん(東海大学)と大石侑香さん(神戸大学)にうかがった見どころを紹介します。

見どころを教えてくれた展示制作者

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渡辺 友美(わたなべ・ゆみ)
渡辺 友美(わたなべ・ゆみ) 東海大学 海洋学部
水環境やいきものに関する映像や展示開発の研究をしています。とあるきっかけでロシアの企業とオビ川の巡回展を作ることになり、2019年に初めて現地西シベリアを訪問しました。自由に暴れる雄大なオビ川に圧倒され、飛行機の窓に張り付いて写真を撮りました。でも、日本の川も同じくらい変わっていて、面白いのです。本展はロシア版の展示を軸に、そんな想いを詰めて作り直した日本版巡回展です。
大石 侑香(おおいし・ゆか)
大石 侑香(おおいし・ゆか) 神戸大学 国際人間科学部
西シベリア低地の森を北極海へと流れるオビ川の中下流域には、ハンティや森林ネネツといった先住民族がトナカイ飼育や漁撈(ぎょろう)、狩猟採集をして暮らしています。私は2010年代に2年近く彼らと一緒に過ごしながら文化を学びました。その研究成果の中から、彼らと川との関係に焦点を当てて本展示の一部を作成しました。

執筆:毛利亮子 国立極地研究所 北極観測センター

おしゃれなハンティ

ハンティの皆さんの写真を見ると、カラフルな衣服、刺繍、毛皮などに目を奪われます。大石さんによると、民族衣装や毛皮の衣服は自分たちで作るため、女性は暇があればずっと縫物をしているそうです。デザインや配色を考えたり、衣服をビーズで飾るのも大好きとのこと。その柄には、トナカイの角、ウサギ、針葉樹など、身近な自然のモチーフが使われています。ちなみに男性は狩猟や漁撈が好きで、森か川に毎日行って獲物を獲ったり、その道具を作ったりしているそうです。

大石さんが現地で購入したドレス。ひだ、広い身ごろ、
胸部の色の切り替えが特徴的。
大石さんが現地で着ていた服。
裾や袖口にビーズの刺繍。裏地も花柄で華やか。

魚はおしゃれにも欠かせない

大石さんの「推し展示」を尋ねると、「ノーザンパイクのネックレス!」と即答でした。食べた魚の背骨一つ一つをつなぎ合わせて作ったもので、魚丸ごと1匹使うのがハンティのこだわりだそうです。展示中のネックレスの長さ(約70センチ)だと、元の魚の大きさは1メートル以上にもなります。彼らは普段からこのネックレスをつけて生活しています。そのほかにも、魚皮をなめして、衣服や袋状の小物入れやポーチなどを作ります。魚は食料だけでなく服飾品の材料でもあるのです。

ネックレスと女児用のワンピース。
ノーザンパイクの背骨のネックレス。濃茶色の背骨は木の皮で染色したもの。
なめしたホワイトフィッシュの魚皮。美しいうろこ模様としなやかな手触りが特徴。

機能性とデザインが光る毛皮のブーツ

-40℃が何か月も続くオビ川周辺の冬には、毛皮は無くてはならない防寒具です。ハンティはトナカイや動物の毛皮でさまざまなものを作ります。展示中のトナカイの脚の毛皮で作ったブーツは、靴底にトナカイの足裏の毛皮を使っているため、丈夫で滑りにくく機能的です。それに加えて、毛皮の縫い合わせ部分に毛織物を織り込んで模様を作ったり、毛色の違う毛皮を貼り合わせて色を切り替えたり、デザイン的にも優れたブーツです。

トナカイの毛皮のブーツ(子供用)。雪の中を歩くので、ブーツは脚の付け根までの長さがある。
トナカイの足裏の毛は、毛足が長く手触りも硬い。ひづめの間にも毛が生えている。

この毛皮のブーツ、一見、魚と関係無さそうですが、トナカイの皮を柔らかくするのに魚油を使っています。毛皮に魚油を塗ってよく揉みこむことで、皮が柔らかくなるとのこと。展示しているブーツはほとんど魚のにおいはしませんが、大石さん曰く、できたての時はしっかり魚のにおいがするそう。ここでも魚は活用されています。

終わりに・みんなで展示に参加しよう!

ここまで、3回に分けて企画展示「キョクホクの大河」の見どころを紹介してきました。展示制作者のお二人は、年齢に関係なく展示を楽しんでほしいとの想いから、展示パネルを総ルビにする、実物を多く展示する、来場者が参加できるしかけを作るなどの工夫をしています。最後に、その中の2つをご紹介します。

一つ目は、食文化の展示コーナーにある床に投影された食卓です。食卓には美味しそうなノーザンパイクのスープやムクスンのムニエルが出てきて、中にはどんな食材が入っているのか、時間を巻き戻してたどっていきます。動画は、魚が川に戻り元気に泳ぎ回るところで終了。これは渡辺さんが、普段食べている魚がどこから来ているのかをロシアの子供たちに伝えたくて作ったそうです。日本でも「切り身が川を泳いでいる」という笑い話がありますが、ロシアでも状況はそう変わらないそうです。

食材たちのポップな動きとリアルな音でロシアの食卓を再現。床の展示なので目線の高さを気にせず体験できる。

もう一つは、展示の出口付近にある、通称「推し川パネル」です。展示制作者と極地研スタッフで話し合い、「オビ川について知った後は、自分と川とのつながりを考えてほしい。それを来場者同士で共有して、川について語り合ってほしい。」との思いから設置しました。来場者の皆さんは、景観、川と人、構造物、いきもの、物理などの着目点から、推し川への思いをふせんに書(描)いてくれています。年齢を問わず参加できます。

日本と世界の推し川パネル。日本版では公開10日ほどで日本地図が見えなくなるほど、みんなの思いが集まりました。

展示制作者の渡辺さんと大石さんは、「オビ川について知ることで、日本の川や私たちのくらしにも思いを馳せてほしい。」、「北極やその研究に興味を持ってほしい。研究者になって北極に行こう!」と、熱いメッセージをそれぞれ送ってくれました。

「キョクホクの大河」Tシャツ着用の渡辺さん。

<編集後記> 夏休み中ということもあり、親子連れ、学生の皆さんを始めとする多くの方々に南極・北極科学館を訪れていただきました。来場者アンケートでは、9割弱がこれまでオビ川を知らなかったと答えましたが、展示体験後には、ほとんどの方がオビ川やそこに暮らす人々の生活、日本の川に興味を持ったと答えてくれました。南極・北極科学館では、極地という切り口から来場者の「なるほど!」や「なぜ?」を刺激する企画展を今後も開催していきます。

【関連サイト】
7月17日~8月31日、企画展示「キョクホクの大河」を開催しています。
https://www.nipr.ac.jp/info2024/20240619-2.html