国立極地研究所は、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)の一環として、2024年11月20日~2025年1月18日にかけて、地球温暖化によって融ける永久凍土をテーマにした企画展示「変わりゆく永久凍土の世界」を、南極・北極科学館で開催しました。
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永久凍土とは何か?
「永久凍土」と聞いて何を思い浮かべるだろう。永久に凍っている土地、雪と氷の世界、マンモスが埋まっている土地……。現在、急激な地球温暖化により、永久凍土とそこに暮らす人々の生活に深刻な影響が出ている。本企画展示「変わりゆく永久凍土の世界」は、永久凍土が広がる東シベリアに20年以上通い続けてきた研究者が、現地の急激な環境変化と人間社会のへの影響を貴重な写真と映像を交えて紹介したものである。
永久凍土とは、学術的には「2年以上凍結した土壌または地盤」である。北半球の約1/4にもおよぶと言われており、東シベリアの大部分は永久凍土で覆われている。ここは人が暮らす土地としては世界で最も寒く、冬の気温はマイナス50℃に達するが、夏は30℃を超える。年間の気温差が80℃以上になり、年間降水量が日本の1/6程度しかないこの地で、人々はたくましく暮らしてきた。
永久凍土の分布は、北極の中心から、どこを掘っても凍土がある地域(水色:連続的永久凍土帯)、特に日当たりのよいところや川や湖の底などを除いて凍土がある地域(ピンク:不連続的永久凍土帯)、日当たりが悪い、地面が湿っている、標高が高いなど、限られたところに凍土がある地域(黄:孤立的永久凍土帯)、山の頂上付近など凍土がごくわずかしかない地域(緑水玉:点在的永久凍土帯)と広がる(図1)。

永久凍土の地中は氷点下だが、地表は常に凍結しているわけでない。地表近くは、夏は融解し冬に凍結する「活動層」で、その下に常に氷点下の永久凍土層がある。シベリアの現地語で「エドマ」と呼ばれる氷を含む永久凍土層は、かつての氷期に地面の裂け目に水が入り、凍った氷が成長し続けてできたと考えられている。氷の層は北極海沿岸やシベリア内陸で発達しており、崖に氷が露出している風景は、まさに融けつつある永久凍土を象徴する景色だ(写真1)。

実は、永久凍土は地球の炭素の貯蔵庫でもある。大気の約2倍、陸上植物の約3倍の炭素が含まれているのだ。通常、土壌は水平に堆積していくが、東シベリアの永久凍土帯では、長年の凍結・融解により地表の有機物(炭素)が地中に取り込まれていく。永久凍土の中では有機物の分解はほとんどないが、凍土が融解することで地中の有機物の分解が促され、温室効果ガスである二酸化炭素やメタンが新たに発生する(写真2)。ちなみに、森林が存在不可能なほど少ない降水量にもかかわらず、東シベリアにタイガ(北方林)が広がっているのは、永久凍土層が水分の保持に貢献しているからだ。

永久凍土の荒廃とその実態
現地で永久凍土が融解して出来た特徴的な地形を紹介する。最も衝撃的なのは、ベルホヤンスク山脈のバタガイ地域に位置するバタガイカ‐メガスランプだろう(写真3)。2000年代に入ると谷の浸食が急拡大し、現在は1 km四方が崩壊している。企画展示ではドローン撮影した映像を放映したが、その規模の大きさから多くの来場者が足を止め見入っていた。


もう一つ特徴的なのは、サーモカルスト現象によるポリゴン地形だ(図2、写真4、動画1)。東シベリアの大部分には森林が広がっているが、森林伐採や森林火災などで日当たりがよくなると地表面が暖められ、急激にエドマ層(氷を多く含む層)上部の地下氷の融解が始まる。融けた水が夏季に蒸発したり流出したりすることによって、地下から氷が失われた分だけ地盤が沈下するサーモカルストという現象が進む。そして、ポリゴンと呼ばれる多角形から円形の形状の地形を生み出すのだが、それが居住地や農地などにまでに広がると、家屋の倒壊や耕作放棄地につながるのである。


研究者は急激に変化する永久凍土の実態を調査している。現地観測に加え、近年は人工衛星による広範囲のモニタリングも行う。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の人工衛星に搭載したマイクロ波合成開口レーダーのデータを比較すると、数センチ単位で地表面の動きがわかるのだ。ただ、レーダーによる観測は昼夜を問わず観測できる一方、地表面の構造の違いや大気などによるノイズを考慮して解析する必要がある。また、永久凍土は地中に存在することから、その変化を詳細に調べるためには現地調査も欠かせない(写真5)。

古くからこの地に暮らす人々への影響はどうだろうか。シベリアの永久凍土帯には、サーモカルストが長期にわたり進行して数千年かかってできた「アラス」(湖をともなう皿状の草地)が広がる。このまとまった草原や湖沼は、家畜の放牧地や牧草地、飲み水の供給源、魚の漁場として大切な存在で、彼らの食卓にはその恵みである、フナ料理、キノコ、コケモモ、乳製品などが並ぶ(写真6、7)。近年の急速な永久凍土の荒廃は、居住地や農地の放棄を引き起こし、牧畜業や生物資源へも影響を与えている。研究者は科学的知見を住民たちに共有し、今後どう適応していくべきかを共に考え、行動しようとしている。


企画展示「変わりゆく永久凍土の世界」
会期中には五千人を超える来場者があり、「言葉でしか知らなかった永久凍土について詳しく知ることができた。」、「生態系や人々の生活への影響をもっと知りたい。」、「興味を持った内容についてさらに調べてみたい。」など多くの感想が寄せられた。また、企画展の内容をさらに掘り下げた、展示制作者の飯島氏によるトークイベントや阿部氏による解説ツアーも実施した。学生から大人までが熱心に耳を傾け、質問し、メモを取る姿が印象的で、地球温暖化の影響に対する市民の関心の高まりを実感した(写真8、9)。


報告記事を公開するにあたって、展示制作者の飯島氏と阿部氏から、感謝の言葉と共に読者へのメッセージが届いた。

東京都立大学 都市環境学部 地理環境学科 教授
「永久凍土」は、地理の用語の中でとりわけ強い印象を受けるパワーワードですが、日本にいるとその実態を知ることはほとんどありません。日本から真北に3,000km程度と実は意外と近い東シベリアには、永久凍土と森林と人が共生する世界が広がっており、私が現地で経験した約20年でその様子が大きく変貌しています。今回の展示には想像を超える沢山の方にお越しいただき、長く安定していた永久凍土の環境が今大きく変わっていること、その影響が様々に及んでいることに多くの感想をいただきました。永久凍土の変化する環境の一端を知っていただけたことはとても意義深く感じています。地球の様々な現象に興味を持っていただける機会となったようでしたら幸いです。

三重大学 生物資源学研究科 研究員
会期中はもとより、私が解説ツアーを行いました際も幅広い世代の方々に参加していただきました。展示制作者の1人として、多くの方に永久凍土の世界を見ていただけたことをとても嬉しく思います。永久凍土は地下に存在するものであり、実物を直接お見せできない中でどのように展示にすると良いのか、その内容や見せ方にとても試行錯誤しました。また、永久凍土の環境が変化している中でドローンや衛星データなど観測技術も進化していることもご紹介させていただきました。我々は今後も永久凍土研究を実施していきますので、またの機会にその後についてご紹介できたら幸いです。
北極域は、地球温暖化の影響を最も大きく受けている地域のひとつである。その実態を明らかにし社会に還元するため、研究者は現場に足を運び、研究を進めている。南極・北極科学館では、今後も極地という切り口から、「地球の今」「研究の最前線」を紹介する企画展を開催していく予定である。
【開催概要】 主催:国立極地研究所 北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)展示企画・制作:飯島 慈裕(いいじま・よしひろ) 東京都立大学 都市環境学部 地理環境学科、阿部 隆博(あべ・たかひろ)三重大学 生物資源学研究科、北海道立北方民族博物館
- 11月20日~1月18日、企画展示「変わりゆく永久凍土の世界」を開催します(https://www.nipr.ac.jp/info2024/20241009.html)
- オンライン連載『永久凍土の変化から地球のこれまでとこれからを知る』(https://www.nipr.ac.jp/arcs2/outreach/permafrost2021/)
- ArCS IIイベントシリーズ・サイエンストーク「とける永久凍土 現地では何が起きているのか?」を開催しました(https://www.nipr.ac.jp/arcs2/project-report/st1207iijima/)
執筆:毛利亮子(国立極地研究所 北極観測センター)