地質学者(地質屋)の現場。

南極の地質屋稼業とは。それは自ら現場に赴き、現場検証そして連行すること。そこに岩石がある限り。

「私の専門は地質学で、南極大陸の岩石の研究をしています。」
講演などで自己紹介をすると、怪訝な顔をされることがある。南極は氷に覆われていて岩盤などは露出していない、と思われているのだろう。その次に来る質問は、
「え、じゃあ氷を掘って石を取り出すのですか?」
となる。
「いえ、南極大陸は表面の97〜98パーセントは雪や氷で覆われていますが、海岸や内陸の山地にはわずかですが岩石が露出しています。そういった場所が私の仕事場です。」
と説明してようやく納得してもらえる。

私たち地質学者(地質屋)は、岩石やそれに含まれる鉱物を地球という天体の構成要素と考える。地球という天体を知るには、地球のあらゆる場所の岩石を直接手に取って調べたい。しかし、地球内部の物質を手に入れるのは至難の技だ。ボーリングを行って地下の岩石を取り出せばいいじゃないか、と思われるかもしれないが、これまでのボーリングの最深記録は1989〜1992年にかけてロシアのコラ半島で行われた12,262メートルである。その深さになると、地中の温度は180度にもなり、冷却水は沸騰してしまう。ボーリングは技術的に不可能なのだ。地球の半径は約6,378キロメートル(赤道半径)もあるから、12キロメートルというのは地球の表面をかすった程度にしかならない。

しかし幸運なことに、地球には「変動帯」、つまり過去の大規模な地殻変動の結果、元々地球深部にあった岩石が地表に露出している場所が少なからずある。そういった場所に足を運ぶことで、私たちは地球の内部物質を手に入れることができるのだ。変動帯は、日本列島のようなプレートが沈み込む場所であったり、ヒマラヤ山脈のように大陸同士が衝突した場所であったり様々であるが、地球が経験した大規模な変動のいわば事件現場ともいえる。そこで一体何があったのか? その経緯を暴き出すのが地質学である。その意味では、地質調査というのは、事件現場に赴いて指紋や血痕、DNAを採取したり、聞き込みを行ったりする刑事さん、鑑識さん、監察医さんの仕事に似ていると思ったりもする。そうやってかき集めたデータを元に、地球の変動の履歴を組み立てていく。

<次回は、2024年7月9日に公開予定です。>

本吉洋一(もとよし・よういち)
本吉洋一(もとよし・よういち)
1954年千葉県生まれ。国立極地研究所名誉教授。南極暦は第23次隊(1981-82)を皮切りに合計11回参加。第42次、第51次、第58次では観測隊長を務める。専門は地質学。南極をはじめ、スリランカ、インド、南アフリカ、オーストラリア、カナダなど、主に大陸地域の地質や岩石の研究に従事。