2024年に完成したドームふじ観測拠点II。

南極や北極にある氷は地球の歴史を知る手がかりになります。研究者たちは雪が積み重なってできた氷をドリルで掘り、アイスコアと呼ばれる円柱状のサンプルを採取します。このアイスコアから過去数十万年の地球の環境がわかります。極地研では、100万年を超える最古級のアイスコア掘削を目指し、南極のドームふじ基地から南南西約5キロメートル離れた地点に新たな掘削拠点「ドームふじ観測拠点II」を構えました。2月にドームふじ観測拠点IIから帰国したばかりの川村賢二教授に氷を掘る研究について訊きました。

川村賢二(かわむら・けんじ)
川村賢二(かわむら・けんじ)
国立極地研究所 研究教育系気水圏研究グループ 教授。2001年東北大学大学院理学研究科博士課程修了。スイス・ベルン大学ポスドク研究員、アメリカ・スクリップス海洋研究所ポスドク地球化学研究員、東北大学助手、国立極地研究所助教・准教授を経て、2023年より現職。専門は氷床コアの気体分析。大学時代には体育会系ヨット部で副将をしており、身につけた技術や精神力は極地でも活かされている。

深さ10メートルを手作業で掘る

ー2024年2月に第65次南極地域観測隊として南極から帰国されたばかりですが、どのような成果を得られましたか?

今シーズンは昭和基地から南約1,000キロメートルに位置するドームふじ観測拠点IIで、深層コアと呼ばれる深い部分の氷を掘るためのドリルなどの機材を設営するところまでおこないました。日本の南極観測でアイスコアの深層掘削が始まったのは1995年です。これまでに2回の深層掘削をして、今回が3回目(第3期)になります。前回(第64次隊)の調査で掘削拠点を決定し、掘る準備が完了したところです。

掘削場は雪の下、つまり地下にあります。そのため、まず雪を掘ってから掘削機材を設置しなければいけません。建築・土木の専門家である永木毅南極観測センターチームリーダー(施設・建築担当)が中心となり設営をおこないました。雪を掘るのは重機や手作業なので、高度な技術を持った設営の専門家がいないとできません。

第64次、第65次ドームふじチーム。

ーどのような手順でアイスコアを掘る準備をしたのですか?

深層掘削の準備のために、まずピットと呼ばれる溝を掘削場の床面から掘ります。このピットは、深さ10メートル、奥行き10メートル、幅0.6メートルの扇形となっていて、深層掘削ドリルを水平に倒したり垂直に起こしたりするために作成します。その次に、浅層掘削と呼ばれる浅い部分を掘る工程に移ります。10メートルピットの上端(掘削場の床面)から掘削孔の中にドリルを下ろしていき、掘削孔の底についたら、一度に最大約50センチメートルずつアイスコアを掘っていきます。これを245回繰り返し、126メートルまで掘りました。そして、その穴に、井戸や温泉など水を汲み上げる際に使われるケーシングパイプと呼ばれる筒を埋め込みます。その後、ドリルの組み立てまで完了したので、次のシーズンではドリルの中に電子回路を組み込む作業から始める予定です。

深さ10メートルのピットはどのようにして掘ったのですか?

ノコギリやチェーンソーで雪に切り込みを入れた後、スコップでブロック状に掘り出しました。深さ10メートルを人力で掘るので、道具を扱う技術も必要ですし、狭い空間での作業になるため危険も伴います。また掘るだけでなく、掘った後の大量の雪を地上に運んで捨てる作業もあります。ドームふじは富士山よりも高い標高に位置し、気圧が600ヘクトパスカルです。富士山の山頂でも700ヘクトパスカルなので600は相当きついんです。その中で作業をしなければいけないので体力も必要です。

研究者が土木作業もやるのですか

フィールドワークをする雪氷研究者にとって雪を掘ることは基本のスキルです。でも日常的に建設や林業をされている方は力もあり技術も確かなので、大いに助けてもらいました。床面から7メートルくらい下になるとノコギリが入らないほど氷が硬いため、チェーンソーを使える隊員にお願いしました。一度にピットに入れるのは2〜4人くらいで、20分も一生懸命に作業すると息が上がり疲れてしまうので、20分交代での作業を繰り返しました。ピットに下りる階段も一段が50センチくらいの高さがあり急なので、本業が山岳ガイドの隊員にロープを設置してもらい、安全を確保しながら作業しました。

ドームふじ観測拠点IIで掘削場所を作るために雪を掘る様子。

ーなぜ浅層掘削では掘削孔をケーシングするのですか?

深い掘削孔は、空洞にしておくと周りからの圧力で縮んでしまうんです。より深く掘り進むためには空洞にしておけないので、液体を入れながら掘ります。液封液と呼ばれるもので、氷とほぼ同じ密度でかつマイナス80度でも凍らない液体です。その液体で満たされた掘削孔の中をドリルが下りていき、穴の底からさらに掘り進めていくんです。液封液は燃料などと同じように200リットルのドラム缶に入っています。10メートルでドラム缶1本くらい必要です。表面から100メートルくらいまでは、雪が完全に氷に変化しておらず、通気性のある層になっています。そこへ地上から液封液を入れても雪に染み込んでしまわないように、ケーシングパイプでガードする必要があります。

ドームふじ観測拠点IIの掘削場内でケーシングパイプを載せたマストが垂直に立ち上がる様子。
浅層掘削の様子。

地球を知るための国際的なプロジェクト

ー氷を掘ると何がわかるのですか?

南極やグリーンランドなどにある氷床は、もともと雪が降って融けずに押し固められたものです。雪が積もっていくとどんどん氷床の厚みは厚くなりそうなものですが、実際には、氷床の厚みは年数が経ってもほぼ変わらないんですね。その理由は、古い雪がどんどん押しつぶされて薄くなり、横に広がりながら大陸のはじまで流れていき、最後は氷山として海に流れて失われるからです。内陸で積もった雪が外に広がっていくことで厚さが保たれているわけです。ドームふじのような内陸では、かなり昔に降った雪が非常に薄い氷の層として深いところに存在しています。その古い氷を採取してさまざまな方法で氷の成分を測ることで、過去の気温や積雪量、大気の組成などを知ることができるんです。

ー北極と南極で氷の違いはありますか?

古い年代を遡るには、陸地の上に積み重なった氷床の氷を調べる必要があります。現在の北極にはグリーンランドを覆う氷床があり、これまでに何本もアイスコアが掘られています。グリーンランドの内陸には南極内陸の10倍くらいの雪が降るので、遡れる年代は南極の10分の1程度になります。つまり南極には100万年以上の古い氷があると考えられますが、グリーンランドで連続して遡れる年数は10万年くらいです。もちろん南極と北極の氷を比較してわかることもありますから、両方の氷を調べる必要があります。

ー日本以外にも掘っている国はあるのですか?

今、私たちは南極で最古級のアイスコアを掘ることに挑戦しています。でも最古級のアイスコアに挑戦しているのは日本だけではありません。20年程前、世界中のアイスコアの研究者が集まったグループInternational Partnership in Ice Core Sciences(IPICS)が、重要課題としてOldest Ice Core(最古の氷床コア)というプロジェクトを設定しました。現在、EUをはじめさまざまな国が、それぞれ異なる地点でアイスコアを掘っていたり、掘る準備をしていたり、掘る場所を探したりしています。単にひとつの国のプロジェクトということではなく、人類の科学の発展のために協力して国際的に大きなテーマを設定しているんです。ドームふじで第2期のアイスコアを掘った際には(2003年~2007年)、72万年前の氷を採取することができました。私たちは現在第3期ドームふじ掘削計画として、最古級の100万年前の氷を掘ることを目指しています。

65次隊が浅層掘削で掘ったアイスコア。

ーそもそも氷を掘るのに適している場所をどのようにして探したのですか?

1990年代頃までは、南極の氷床は岩盤まで凍りついていて、氷が厚ければ厚いほど古い年代の氷が存在すると考えられていました。そこで欧州も日本も厚い氷がある場所を狙って掘削したんです。ところが、3000メートルを超えるような深い部分の氷は地熱の影響を受けやすく、岩盤と接触している一番深い氷は融ける温度に達していることがわかったんです。1年に1ミリ程ですが、古い氷は融けてなくなっていたんです。前回の深層掘削をおこなったドームふじ基地では、氷の底面が凍っていれば100万年前の氷に辿り着いたはずですが、実際には底面融解のため72万年前でした。これは想定外で、衝撃的な結果でした。

今では、飛行機に搭載したレーダーで広範囲に測った氷床の厚さや底面の状態から、南極の半分くらいでは氷床の底面が地熱で融けていることがわかっています。氷が厚いと、表面は寒いものの氷床自体が断熱材の役割を果たすため、底の部分が地熱で融けとけやすくなります。逆に氷が薄いと表面の冷気が氷床の底面にまで及ぶため、地熱で融けにくくなります。とはいえ、氷が薄すぎる場所では、古い氷が薄くなりすぎていて分析に適さなかったり、氷の流動により年代が不連続になってしまったりといった問題があります。氷が厚すぎず、薄すぎずちょうどよい場所を探す必要がありました。

ー難しいですね。最終的に誰がどう決めたのですか?

2017年から3度にわたる地上でのレーダー探査の結果や、以前の深層掘削で得られたデータを使った氷床モデルによる年代の予測結果などから検討しました。最終的に氷厚が2,200メートルほどの薄いエリアと2,700メートルほどの厚いエリアの2つに絞って検討したのですが、専門としている分野によって見方が異なるんですね。単に古い氷ならば薄くて融けていないほうがいいでしょうが、底面付近の氷は横方向の流れによって褶曲したり不連続になってしまって、年代が決められないかもしれない。また薄くなった層の間で物質が移動してしまう可能性もあります。そういったリスクなども考えて、さまざまな分野の研究者たちが意見を出し合って議論し、最後は全員が一致してベストと考えられる場所に決めました。

貴重な氷の保管と分析

ー採取したアイスコアの保管はどうしているのですか

ドリルから取り出した氷は4メートルほどの円柱になっています。それを縦に2分割し、最終的には50センチの長さに切り分け、段ボールに詰めて日本に運び、国内でさまざまな分析をおこないます。氷なので、輸送中に万が一事故などがあれば、融けてしまうリスクもあります。そのため、掘削現場にも一部を保管します。現地に置いておくのが一番安全ですからね。持ち帰った氷も、1箇所に置いておくと地震や停電などで失われるリスクがあります。そこで極地研以外に北海道大学低温科学研究所や民間の冷凍倉庫に分散して保管しています。実はマグロの冷凍倉庫にも保管してもらっていて、とても大事に保管してくれているんですよ。

第2期ドームふじ深層掘削で掘ったアイスコアの貯蔵庫。
段ボールに詰めたアイスコアの貯蔵庫。

ー氷の何を分析するのですか?

氷自体の組成や、氷に含まれる気泡を分析します。まず氷を融かしてH2Oの同位体比や含まれる不純物などを調べます。不純物とは、もともと大気に漂っていたエアロゾルと呼ばれる微粒子のことです。南極の氷は市販されている純水よりもクリーンだとも言われますが、そういった分析によって得られる不純物の濃度などから当時の環境がどうだったかがわかります。また、氷を融かさずに昇華させる方法もあります。冷凍庫に氷を入れておくとだんだん小さくなると思いますが、これは昇華によるものです。わざと氷を昇華させて、残った化合物を顕微鏡で調べます。

私は気泡を専門に分析しています。氷から空気を取り出すには、融かしたり砕いたりします。あとはレーザーで昇華させる方法もあります。成分ごとに適した方法で抽出して、過去の大気の組成や濃度の変化などを調べます。グローバルな大気や海の情報からローカルな雪氷の情報まで、さまざまなデータを得ることができます。

ー貴重な資料なので少しずつ分けて調べるのですか?

1回の解析に使うのは数グラムから数十グラムくらいです。以前は数センチずつたくさん切り出して解析していたのですが、最近は氷を3センチの角柱に切り出して、金属のプレートに載せて加熱して氷を融かしながらリアルタイムにいくつも分析できる装置を使っています。この方法だと元素やダスト、メタンなどを同時に1日に何メートルも分析できるんです。

ー今期の掘削で100万年前の氷を解析できたとしたら今後また深い先を掘るのでしょうか?

古い時代を遡るのは一旦終わるかもしれません。ドームふじ周辺では今回の場所以上にいい氷はないと思いますし、掘削場での準備が整ったので、まずは今期、66次隊以降でしっかり掘ることを目指します。24時間3交代でひたすら掘り続ける予定です。越冬をせず夏の期間しか作業ができないため、限られた時間でいかに深く掘ることができるか、時間との勝負です。目指している最古級の100万年前の氷が出てくることを期待しています。

極地研で、アイスコアを連続的に融かして解析する様子。

写真:国立極地研究所アーカイブ、取材・原稿:服部円