南極のアイスコア(みずほ基地で掘削)の薄片。白く見えているのは気泡。

アイスコアが教えてくれる地球の気候変動の歴史。国立極地研究所・気水圏研究グループの大藪幾美助教が、美しく魅力あふれる氷の世界へいざないます。

氷床の上に立つと、どこまでも果てしなく続く白銀の世界が広がっています。そして、その下には、何万年、何十万年分もの氷が、厚さ数キロメートルにわたって堆積しています。私は、この氷床を鉛直方向にドリルで掘削して採取される円柱状の氷試料「アイスコア」から、地球の気候変動の歴史を調べる研究をしています。

昭和基地からドームふじ観測拠点までの道中。

氷床は、昔に降った雪が長い年月をかけて氷になったものです。雪は自身の重みによってだんだん圧縮され、雪同士の隙間がなくなりやがて氷となります。雪が氷になる時に、周りの空気も一緒に閉じ込めるため、氷床には昔の空気が入っています。そのため、アイスコアの分析から、二酸化炭素の濃度などの過去の大気組成を調べることができます。氷床は元々、海水が蒸発して雲となり、それが雪として降ったものですが、海水が蒸発する際には、同じ水(H2O)でも軽い酸素(16O)からなる水の方が、重い酸素(18O)からなる水より蒸発しやすいため、寒い時代にできた氷床は16Oの割合が高くなります。そのため、氷(H2O)の16Oと18Oの割合(酸素同位体比)を調べることで、過去の気温の変化を推定することができます。また、アイスコアには空気だけではなく、空気中を漂っていた塵(エアロゾル)なども閉じ込められています。そのため、エアゾロルの種類や濃度から、海氷の面積や大陸の乾燥度、火山活動、太陽活動などを推定することもできます。

このように、アイスコアは地球の歴史がふんだんに詰まった、いわば地球のタイムカプセルのようなものです。たまに火山灰の層が見えることもありますが、一見すると、ただのかたまった雪(浅い方)、あるいはただの氷(深い方)にしか見えません。

第59次南極地域観測隊で掘削したアイスコア(ドームふじ基地の南55キロ地点、NDF)。中央付近の茶色い層は火山灰層で、紀元前1610年ごろのものと推定している。

ところが、この氷、見方を変えると(変えなくても)とても美しいのです。氷を薄くスライスして作成する薄片をよく見ると、無数の気泡が入っています。

南極のアイスコア(みずほ基地で掘削)の薄片。白く見えているのは気泡。

このような薄片を偏光板に通して見てみると、一粒一粒の氷結晶がカラフルに見えます。

偏光板を通して見たアイスコアの薄片写真。北極のグリーンランド氷床で掘削されたアイスコア(EGRIP)。

そして深部の氷はまるでアクリル板のように透き通っています(プロフィール写真もご覧ください)。また表面をよく見ると、大きく成長した氷の結晶一粒一粒がキラキラと光って見えます。

ミクロトームという機械で表面を研磨したグリーンランドのアイスコア(EGRIP)。

私は手先がすぐに冷たくなるので低温室での作業は苦手ですが、この美しい氷は何度見ても飽きません。

さて、このような氷から、どのように過去の大気組成や気温などを復元するのでしょうか。次回は、私の専門であるアイスコアの空気の分析について紹介します。

<次回は、2024年7月23日に公開予定です。>

大藪幾美(おおやぶ・いくみ)
大藪幾美(おおやぶ・いくみ)
国立極地研究所 気水圏研究グループ 助教。第59次南極地域観測隊の夏隊に参加し、ドームふじ観測拠点II選定のためのレーダー探査と浅層コア掘削に携わった。2015年と2018年にはグリーランドでのアイスコア掘削にも参加。専門はアイスコアの気体分析。北海道育ちで暑い夏より寒い冬が好きだが、低温室での作業は苦手。