「お前、いったいどうやってここに来た?」「なぜ、ここにいる?」地質屋の質問に石がつぶやく。

南極の地質屋稼業とは。それは自ら現場に赴き、現場検証そして連行すること。そこに岩石がある限り。

自分の先祖は一体なんだったのか? 父と母、祖父と祖母、曽祖父と曽祖母……彼らがどこで生まれ、どこで出会ったのか。その出会いがなければ自分はこの世に存在しなかったことになる。人間の場合、お寺などに保存されている過去帳をひも解くことで祖先の家系をたどることはできる。それによって、自分のルーツがある程度見えてくるかもしれない。また動物や植物の場合、化石を調べることで、進化のプロセスを知ることができる。では、石の場合はどうだろう。

実は石にも家系図がある。もちろん一個一個の石に親が祖父母がいるわけではないし、ましてや過去帳を携えているわけでもない。しかし、石が保存している地球の変動の記録をひも解いていくと、石の家系図が見えてくる。

地球上には実に様々な石があるが、大きく火成岩、堆積岩、変成岩に分類されると教科書には書いてある。復習になるが、火成岩とはマグマが地表や地下で冷え固まったもの、堆積岩とは岩石や地層が風化・削剥(さくはく)され、川や氷河によって運搬され海底や湖底にたまったもの、そして変成岩とは既存の岩石が地球の変動によって地下深くに持ち込まれ、改変されたものが再び地上に露出したものだ。知識としてはこれで間違ってはいないが、もう一歩踏み込んでみよう。テーマは石の輪廻(りんね)。

輪廻とは、元々は仏教の世界で生物が死んで生まれ変わる過程を永久に繰り返すことを指すが、地質学においても地球上で起こる変動が循環的に繰り返す現象を輪廻と呼ぶ。リズム、サイクルとほぼ同義語といっていいだろう。我々の身近にある岩石(火成岩、堆積岩、変成岩)も実は輪廻のサイクルに組み込まれている。たとえば火成岩はマグマが固まったものだが、そのマグマは地球内部のマントルや地殻の岩石の一部が高温で溶けたもの。変成岩も元々あった岩石(火成岩、堆積岩、あるいは変成岩自身)が地球内部で改変されたもの。そして堆積岩は火成岩や変成岩、堆積岩自身がその原材料だ。つまり岩石は地球変動によって次々と姿・形を変え、今我々の目の前に転がっている。だがこれも最終産物ではなく、今後の地球変動によって再びその形を変えていく運命にある。

あと2億年もすると、北米大陸がアジアに衝突し、超大陸が誕生すると言われている。そうなると日本列島も北米とアジアに挟まれ、今のヒマラヤのような巨大山脈の頂上になっているかもしれない。その時、今見慣れた石はどのような姿になっているのだろうか。そうして生まれた超大陸もさらに数億年経つと分裂し、地球表面に散らばっていく。こうした変動は地球という星が存在する限り継続していくのだろう。

「石の上にも3年」、「石橋をたたいて渡る」といったことわざにもあるように、石には固く動かないというイメージがつきまとう。融通の効かない人を「この石頭!」と呼んだりもするが、地球46億年の歴史の中で、ドロドロに溶けたり、冷え固まったと思ったら再び地球内部の灼熱地獄に送られたり、再び地上に戻ってやれやれと休んでいたら雨や氷河に削られて海の中に戻されたり、思えば地球の変動に翻弄され続けてきた生き証人でもあるのだ。じゃあ具体的に一体何があったのか? 石のつぶやきに耳を傾けるのが、地質屋の稼業である。

本吉洋一(もとよし・よういち)
本吉洋一(もとよし・よういち)
1954年千葉県生まれ。国立極地研究所名誉教授。南極暦は第23次隊(1981-82)を皮切りに合計11回参加。第42次、第51次、第58次では観測隊長を務める。専門は地質学。南極をはじめ、スリランカ、インド、南アフリカ、オーストラリア、カナダなど、主に大陸地域の地質や岩石の研究に従事。