ベリーと混ぜた、「魚油」

国立極地研究所は、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)の一環として、この夏、北極の自然とそこに暮らす人々の生活をテーマにした企画展示「キョクホクの大河」を、南極・北極科学館で開催中です。展示制作者の渡辺友美さん(東海大学)と大石侑香さん(神戸大学)にうかがった見どころを紹介します。

見どころを教えてくれた展示制作者

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渡辺 友美(わたなべ・ゆみ)
渡辺 友美(わたなべ・ゆみ) 東海大学 海洋学部
水環境やいきものに関する映像や展示開発の研究をしています。とあるきっかけでロシアの企業とオビ川の巡回展を作ることになり、2019年に初めて現地西シベリアを訪問しました。自由に暴れる雄大なオビ川に圧倒され、飛行機の窓に張り付いて写真を撮りました。でも、日本の川も同じくらい変わっていて、面白いのです。本展はロシア版の展示を軸に、そんな想いを詰めて作り直した日本版巡回展です。
大石 侑香(おおいし・ゆか)
大石 侑香(おおいし・ゆか) 神戸大学 国際人間科学部
西シベリア低地の森を北極海へと流れるオビ川の中下流域には、ハンティや森林ネネツといった先住民族がトナカイ飼育や漁撈(ぎょろう)、狩猟採集をして暮らしています。私は2010年代に2年近く彼らと一緒に過ごしながら文化を学びました。その研究成果の中から、彼らと川との関係に焦点を当てて本展示の一部を作成しました。

執筆:毛利亮子 国立極地研究所 北極観測センター

ハンティの食事情

ハンティの食生活は豊かな自然に支えられています。彼らは漁撈※1、狩猟採集、トナカイ飼育、家庭菜園を営み食料を得ています。オビ川流域では1年を通して魚が獲れますが、それに加え、夏はキノコやベリー類、秋は川を遡上する卵を抱えたホワイトフィッシュ、冬は渡り鳥や飼育しているトナカイなども食べます。オビ川に生息する魚のうち、人間が食べるのは十数種類。1年を通して獲れる魚もおり、彼らの食生活の中心を占めています。

※1:漁撈(ぎょろう)とは、商業的にではなく、自分たちが生活するために魚を獲ること。大石さんの研究対象でもある。

オビ川支流スイニャ川に暮らすハンティの一年を表した回転式カレンダー。

魚たちとの知恵比べ

魚を獲るための方法はさまざま。ウケ漁、ヤナウケ漁、刺網漁、地引網漁など、季節や環境、魚の種類に適した漁法を使い分けます。「ウケ」とは、魚が一度中に入ると、入口についた返しによって外に出られなくなるカゴのことです。現地の針葉樹の根を削り、木の根で編んで作ります。「ウケを川に沈めて数日待つだけで中がいっぱいになり、展示しているウケの大きさだと20㎏ほどの魚が一気に獲れます」と大石さん。冬は獲れた魚を雪の上に置いて凍らせ、それらを貯蔵庫に入れて春まで大事に食べるそうです。

シンボル展示に設置された「ウケ」の実物。長さは約1.5 メートル。
雪の上で凍った大量のノーザンパイク。

魚を味わい尽くす

ハンティは毎日のように魚を食べています。刺身、塩ゆで、干物、燻製、スープ、煮こごりなど、魚油や魚卵も混ぜながら、塩で味付けして食べます。展示ではハンティがよく食べる料理を食品サンプルや燻製で紹介しています。これらは、大石さんが再現した料理を型取りして作製したもの。器も木から削り出した自作で、現地の食卓を再現しました。

魚を丸ごと味わい尽くす多様な魚料理。
ゆで魚のサンプル。
ホワイトフィッシュの刺身。

魚料理の中でもホワイトフィッシュの刺身はみんなの大好物。各自ナイフでさばいて、塩水をつけて食べます。森の生活にナイフは重要なため、2、3歳の子供もナイフを使って上手に食べるそうです。大石さんのお気に入りの料理を聞いたところ、「どれも美味しいので、選べない!」とのこと。近年はロシア人との交流も進み、お互いの食文化を取り入れた新たな創作料理も作られているそうです。

凍った魚をナイフで削いで食べる。

身近な寄生虫

寄生虫のお話は、渡辺さんが展示の企画の段階から絶対入れたかったテーマだそうです。西シベリアでは川魚を生食する習慣があるため、寄生虫病を持つ人も多くいます。肝臓病の原因となるオピストルキス・フェリネウス(Opsthorchis felineeus)とメトルキス・ビリス(Metorchis bilis)は、卵が巻貝に取り込まれた後、川魚を経由し人間の体内に入り、肝臓の入口に住み着き成虫になります。感染はゆっくり進むため、症状は腹痛や下痢、便秘など、少し不調を感じるぐらいだそうです。ヒトの体内では20年以上生きるとも言われています。

会場では本物の寄生虫標本も展示中。実際目にしても絶対気づけないと思うほど小さい。
左:川魚の筋肉に寄生するメタセルカリア幼生。魚の体内では、直径1ミリメートル弱のカプセル内で休眠している。右:ヒトの体内で成長した成虫の染色標本(体長:約7ミリメートル)。成虫はヒトの栄養を使い、卵を産み、そのライフサイクルの中でヒトにとっての有害物質を排出する。(写真提供:渡辺友美)

渡辺さんによると、「キョクホクの大河」の原作となったロシアでの展示会でも、現地の方々が寄生虫コーナーをとても興味を持って見てくれたそうです。今は感染を防ぐ調理法も分かっているため、寄生虫とうまく付き合いながら、おいしい川魚を楽しんでいるのかもしれません。第3回は、カラフルな衣装が印象的なハンティのおしゃれ事情を紹介します。お楽しみに!

【関連サイト】
7月17日~8月31日、企画展示「キョクホクの大河」を開催しています。
https://www.nipr.ac.jp/info2024/20240619-2.html