宇宙から見た「大気と宇宙の境目」の写真(Image courtesy of the Earth Science and Remote Sensing Unit, NASA Johnson Space Center, 2024-08-10 ISS071 1710 Night)。

私たちの上空にある地球大気。その上には宇宙空間が広がっています。宇宙に近い大気の上層は「超高層大気」と呼ばれ、未知の領域とされています。超高層大気では、どのような現象が起こっているのでしょうか。しかし、調べたいと思っても、人が滞在できない高高度の領域です。国立極地研究所では、長年レーザー光を用いた測定機器「ライダー」による観測をおこなってきました。今回は、江尻省准教授に、超高層大気の調査についてお話を伺いました。

江尻 省(えじり・みつむ)
江尻 省(えじり・みつむ)
国立極地研究所宙空圏研究グループ 准教授、博士(理学)。名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了後、国立環境研究所、米国ユタ州立大学、京都大学生存圏研究所を経て、現職に至る。地球大気と宇宙の境目に興味があり、中層・超高層大気の観測研究をおこなっている。第51次南極地域観測隊で夏隊、58次隊で越冬隊に参加。67次隊(2025年出発予定)では女性初の越冬隊長を務める予定。
観測装置と中層・超高層大気のイメージ図。

大気と宇宙の境目を観測したい

— 現在、南極でおこなっている研究について教えてください。
光を用いた測定器を使い、超高層大気と呼ばれる領域の遠隔観測をしています。超高層大気は、高度80キロメートルくらいよりも上の領域です。ここよりも下が地球の大気で、上が宇宙空間で、超高層大気は大気と宇宙の境目になります。私が調べたいのは、この領域で、一体どんな大気と宇宙の相互作用が起こっているかということです。

国際宇宙ステーションから撮影された地球。超高層大気現象であるオーロラや大気光が高度100 km付近から上の高度で輝いている様子が捉えられている。

— どのような現象が見られるのでしょうか?

超高層大気は、宇宙からのエネルギーや物質が流入する一方、下方からは雲や風の対流活動や、地面との摩擦から出てくるエネルギーが大気の波という形で上へと運ばれていく領域です。そのため、大気光やオーロラ、スポラディックE層、プラズマバブルといった、さまざまな現象が起こっていることが知られています。大気光は、オーロラとは違って大気が化学反応を起こしていくつかの色で光る現象で、日本上空でも光っています。

さまざまな現象が起こる興味深い空間なのですが、実はまだまだわかっていないことだらけなのです。それは、この領域の観測が非常に難しいことに起因しています。上空50キロメートルを越える中間圏から100キロメートルよりも上の高度に広がる熱圏の下部までの高度領域には人が滞在できません。宇宙ステーションが飛んでいるのは高度400キロメートルほどの領域です。気球を使って観測する方法もありますが、最高到達高度が50キロメートル程度なので到達できません。観測ロケットを使えば、この領域を通過する瞬間に直接観測することができるのですが、上昇するときと下降するときの2回しか観測できません。時間的に連続した観測をするためには地上からの遠隔観測が必要なのです。

— 人が滞在できない場所でどのような観測をしているのですか?

光を使ったリモートセンシングを行っています。光によるリモートセンシングには発光現象をパッシブ(受動的)に観測する手法と、光を対象物に当ててその散乱光を観測するアクティブ(能動的)な手法があります。

例えば、大気光の撮像観測はパッシブリモートセンシングの一つですが、目的の大気光の波長だけを通すフィルターをつけたカメラを使って、空の広い範囲の大気光を撮影することで、そこで起こっている大気の波の水平構造を調べることができます。さらに時間的に連続撮影することで、その大気の波が持つエネルギーやその輸送方向も知ることができます。パッシブリモートセンシングは、比較的簡単に水平方向の二次元情報が得られるという強みがある反面、観測した発光現象がどの高度で起こっているのかわからないという弱点があります。

一方、アクティブリモートセンシングは、観測対象物までの距離が正確にわかる観測手法です。地球大気と宇宙の狭間で何が起こっているのかを知りたいという私の研究目的にはアクティブリモートセンシングが必要不可欠なので、ライダー(Light Detection and Ranging)と呼ばれる、光を使ったアクティブリモートセンシングをおこなっています。

飛ばした光が返ってくる!

— ライダー観測とはどのようなものですか?

ライダー観測は、レーザー光を上空に打ち上げて、上空にある大気の分子、原子、イオンなどの散乱体に当たって返ってくる光を望遠鏡で観測することで、散乱体の密度や温度などを測定します。光は進む速度が一定なので、打ち上げてから返ってくるまでの時間を計ることで、どこで散乱されたか、つまり散乱体までの距離も正確に知ることができます。例えば、レーザー光を打ち出してから600マイクロ秒後に散乱光が観測された場合、散乱体までの距離は90キロメートルだと分かります。

縦軸を散乱体までの距離、横軸を時間として図解した、ライダー観測での距離の測定原理。レーザー光を打ち出した時間、散乱体に当たって返ってくるまでの時間を正確に計ると、散乱体までの距離が分かります。

観測データを見てみましょう。縦軸は高度、横軸は光の強さ(光子計数)で、地上からレーザー光を打ち上げて、各高度から返ってきた散乱光の強さが高度約200キロメートルまで示されています。

ナトリウム共鳴散乱ライダーによる観測データの例。高度15-50キロメートルに大気分子(酸素や窒素)からのレイリー散乱光が観測され、高度80-110キロメートルにナトリウム原子からの共鳴散乱光が観測されている。

— 返ってきた光から何がわかるのでしょうか?

大気の密度や温度が分かります。返ってきた光は大気中の分子や原子などからの散乱光で、たくさん返ってきた高度には、これらがたくさんあったということです。観測データの中で高度15–50キロメートルに見られる散乱光は大気分子によるレイリー散乱光なのですが、高度が高くなるにつれて少なくなっているのは、大気分子の密度が上空ほど薄いことに対応しています。高度が低くなるほど散乱光は強くなるので、強過ぎる散乱光で測定器が壊れないように、この観測では送受信のタイミングを少しずらして、高度約15キロメートルより上だけを測定しました。

観測データを見ると、大気密度がとても薄いはずの高度100キロメートル付近にも強い散乱光があることがわかります。この散乱光の正体は、ナトリウム原子からの共鳴散乱光です。このナトリウムは、ここで燃え尽きた流星物質、いわゆる流れ星の残骸です。流れ星の元である流星物質は、鉄やナトリウム、カリウム、カルシウムなど、さまざまな金属を含んでいるのですが、流星物質が大気との摩擦熱で燃えると、これらの金属が原子やイオンの状態で噴出し、大気中にばら撒かれます。その結果、金属原子とイオンの層が超高層大気に生じます。この層を観測するために使用するのが、共鳴散乱ライダーです。ちなみに、上空で燃え尽きずに地上に落ちてきた流星物質が隕石ですね。

ー 共鳴散乱ライダーはどういった観測ができる機器なのでしょうか?

原子は原子核とそれを取り巻く電子でできています。原子のなかの電子が特定の波長の光を受けると、光のエネルギーによって電子のエネルギー準位が基底状態から励起状態に変わるのですが、それは不安定な状態なので元の基底状態にすぐ戻ってきます。このときに、最初に受けた光と同じ波長の光を出します。これが「共鳴散乱」です。

電子がどのエネルギー準位に遷移しやすいかは原子によって異なるため、原子ごとに共鳴する光の波長が違います。これを利用することで、目的の原子だけが共鳴する波長の光をライダーから飛ばして、その散乱光を調べるとその原子についてだけを調べられるのです。

例えば、「ナトリウムさーん!」ってナトリウムの共鳴散乱波長の光で呼びかけたらナトリウムしか返事をしない。「カルシウムさーん!」ってカルシウムの共鳴散乱波長の光で呼んだらカルシウムしか返事をしません。何を測定するかに合わせて、どの波長を使うかを選ぶ必要があります。共鳴散乱ライダーを活用することで、ナトリウムやカルシウムの密度がわかります。さらに、それぞれの散乱信号の波長のズレも計測すると、その散乱体の温度や速度も測定できます。

昭和基地でレーザー機器を調整しているときの様子。

長期的な地球環境の変化を捉える

— 高度100キロメートル前後の領域の観測は、私たちにどう関係しているのでしょうか?

共鳴散乱ライダーを使った観測のなかに、カルシウムとカルシウムイオンの測定があります。カルシウムは中性原子なので地球の大気の一部ですが、カルシウムイオンはプラズマです。このふたつを同時に測定すると、地球の大気とプラズマの相互作用、例えば各高度の中性原子とイオンの組成が時間とともにどのように変化するか、風に対してイオンがどのように移動するかなどを調べることができます。

この調査が、我々の生活に一体どういう影響があるかというと、ダイレクトにはほぼ何も影響しないと思います。ですが、地球の温暖化や長期的な変動を予測するときに、この高度の大気についても知る必要があると考えています。

明日の天気予報というよりは、50年後、100年後の予測を考えたとき、この高度100キロメートル前後の大気やプラズマの動向は調べておきたいのです。今はまだ、解析のための基礎データすらほとんどない状態です。地上からの観測だけでなく、人工衛星からもデータを蓄積しようと研究・観測が進められています。

昭和基地の情報処理棟の屋上を除雪。屋上にはオーロラや大気光の観測機器が設置されている。

自然に飛び込んで観測することの楽しさ

ー 研究では観測装置の製作や、観測、解析などさまざまな工程がありますが、一番好きな工程は?

私は観測が好きです。とくに、ライダーを使ったアクティブな観測は、正しい波長で正しい方向を観測すると、しっかり反応が返ってきます。「当たった!」という達成感がすごいです。

ー 観測が好きになったのはいつからでしょうか。

自然を相手に観測したいと思うようになったのは、大学に入ってからです。それまでは教科書を読んで勉強するというか、知識を得るプロセスでした。勉強内容が日常生活と結びつく瞬間がほとんどなかったですよね。研究室でも、実験室のなかで作ったプラズマを測定していて、作ったものを測定するのもいいけれど、実際にフィールドに機器を持って行って、測定してみたいと思うようになりました。

大学院の研究室では、大気光を使った空の観測をするようになったのですが、都市部では人工光が入ってしまい観測ができません。ならば適地に出向いて観測をしようと、フィールドワークが始まりました。

また、大学で受けた講義のなかで南極観測の話をしてくれた先生がいて、いろんな写真を見せてくれました。吹雪のなかでソリを引いた写真や研究者なのに何をしているの? と思うような写真やエピソードが次々と披露されて、体当たりで自然と向き合いながら観測をするという研究の世界があるのだと知りました。

昭和基地で光学観測用天窓を修理している様子。

–極地での調査では、まず南極に行くというハードルがありますよね。

心理的なハードルはありませんでしたが、物理的なハードルはいくつもありました。おかげで南極観測に興味を持ってから、実際に行って観測をするまでにはだいぶ時間がかかりました。夏隊と越冬隊どちらも行きましたが、私の観測は空が暗くならないとできないので、自分で観測してデータを取ったのは越冬隊のほうです。ただ、昭和基地は沿岸部にあるので、晴天率がそれほど高くありません。ライダー観測は、空が晴れないとできないので、思うように観測できない日もありました。

昭和基地での越冬中、光学観測棟に出勤する様子。

南極大陸の内陸は比較的天気が安定しているのですが、日本は最近、内陸の基地で越冬観測を行っていないので、次のフィールドとしては北極に興味を持っています。

– 極地に行くにあたって、女性として大変なことはありませんでしたか?

男性が多いことで何か問題があるかというと、それはほとんどないと思います。理系にいると、クラスのなかに男子学生が多いのは普通ですよね。フィールドワークに関しては、それぞれの分野で女性はそれなりに工夫して、自分の過ごしやすいように考えていると思います。例えば現地では長靴を履くのですが、膝くらいまである長い靴下だと歩いても下がってこなくていい、肌荒れはビタミンEが入っているクリームがいいとか。性別にかかわらず、自分の仕事に関してはプロフェッショナルでも、極地の調査はわからないことだらけです。経験者に情報をもらうのが近道です。

北極で建造中の巨大なレーザー施設「EISCAT(アイスキャット)_3Dレーダー」のイメージ図。

北極で建造中の新施設で調査をしたい

— 現在取り組んでいる研究について教えてください。

私が関心を持っている「プラズマと中性大気の相互作用」は、北極で建造中の巨大なレーダー施設「EISCAT_3Dレーダー」との同時観測で新しい観測研究ができそうなんです。大出力の電波を使った観測機なので、電子の測定精度が非常にいい。ライダーは中性原子とイオンを精度良く測定できる。光の強みと電波の強み、両方を使った総合的な観測をすることで、電子とイオンや、プラズマと中性大気の相互作用を見る研究ができるのではと考えています。

「EISCAT_3Dレーダー」は、立体的に大気を測定する手法です。前身の「EISCATレーダー」が北欧にあって、ずっと関わっていた人たちが「EISCAT_3Dレーダー」の建設と開発を担っています。実は極地研究所にも立ち上げから関わっている研究者が何人もいます。今年度中に、ファーストライト、最初の観測がおこなわれる予定です。

— 観測装置は自作すると伺っています。

観測する対象を決めたら、そのための観測装置を作り、テストして観測して、データを取り、解析するまでの一連をおこなっていました。しかし、近年の研究では、機器の高性能化が欠かせません。共鳴散乱ライダーのレーザーには極めて高い精度での波長制御と高い出力での安定性が求められ、私のようなレーザー工学の素人が市販のレーザーを買ってきて調整できるレベルではなくなっています。現在は、先端的なレーザーの技術開発を行っている電気通信大学の研究グループと共同研究をしていて、私は主に受信系の機器を準備しています。

— それが完成したら北極へ?

将来的には北極でEISCAT_3Dレーダーとの同時観測もしたいです。そのためには、安定した観測ができるだけでなく、持ち運びや組み立てが簡単で、長距離を輸送しても壊れない、丈夫で扱い易いライダーシステムに改良する必要があります。日本上空の観測研究を行いながら、システム改良も続ける予定です。ちなみに、測距用や風速計測用のライダーはどんどん小型化、高性能化しています。飛行機や人工衛星に加えてドローンにも搭載することができるようになり、観測の幅がどんどん広がっています。

極地研究所の採用の面接を受けたときに、先生から「江尻さんは南極に何回行くか」と聞かれたのを思い出します。フィールドでの観測に携わる以上、南極であれ北極であれ、可能な限り極地での観測はおこないたいと思っています。

写真:国立極地研究所、取材・原稿:小林昂祐、編集:服部円