南極や北極に生息する生物を調べることは、彼らの生息環境を知ることに繋がります。研究者たちは、データロガー(以下、ロガー)という小型の記録計を海洋動物に取り付け、収集したデータを分析する「バイオロギング」手法を使い、これまで人間の目では直接見ることができなかった海洋動物の行動・生態や、海洋環境の調査を世界に先駆けておこなってきました。2006年からバイオロギング手法を使って、水中を潜ったり空を飛んだりする海洋動物を調べてきた國分亙彦助教にバイオロギングの新たな可能性や難しさ、また2024年2月に帰国した第65次南極地域観測隊での調査について聞きました。
- 國分亙彦(こくぶん・のぶを)
- 国立極地研究所 研究教育系生物圏研究グループ 助教。2009年総合研究大学院大学極域科学専攻修了。博士(理学)。南極地域観測隊としては、58次越冬隊と65次夏隊に参加。その他、世宗基地(韓国)やデイビス基地(オーストラリア)など外国の南極基地でペンギンの観測に携わってきた。
動物がデータを収集する
―バイオロギングではどんなことをするのですか?
ロガーを一定期間動物に取り付け、彼らの行動や生態に関するデータを収集します。それを解析することで、さまざまなことが明らかになります。ロガーには研究目的に合ったものを使います。例えば、ビデオ、温度計、深度計、速度計、塩分計、GPSなど。近年では開発が進み、機械が小型化され、メモリが増え、またバッテリーの駆動時間も長くなったので、詳細なデータを長期間取れるようになりつつあります。
―収集したデータからどんなことがわかるのですか?
動物の行動や生存の仕組みに加えて、海洋環境などもわかります。動物が餌を採りに海中に潜る性質を使って、深さごとの水温、塩分などを調べることができます。北極や南極には、定着氷と呼ばれる陸から一続きになった厚い海氷に覆われるエリアや、流氷が密になる冬の季節、またそれらの海域の海中など、人間が直接行って観測するのが難しい場所や期間も多いです。そうした場合、そこに生息している動物をプラットフォームとして観測できるようになったことの意義は大きいです。また、生息地の乱開発や漁業などの影響の少ない極域では、環境変化が生態系に及ぼす影響を検出するのにも適しています。動物が海洋環境をどう利用し、そしていかに影響を受けながら生活しているのかを解明することは、地球環境全体を知る上で非常に大事なことなのです。
―極地研ではバイオロギング研究が昔からおこなわれてきたのでしょうか?
極地研では現名誉教授の内藤靖彦先生の研究グループが、南極に生息するアザラシやペンギンを対象に、世界で最も早い時期からバイオロギング手法の開発と研究に取り組んでこられました。それを知った当時、私は大学院で船の上からの観察に基づいた海鳥の研究をしていたのですが、海鳥をこれまでにないアプローチで調べられることに魅力を感じて総合研究大学院大学(総研大)の極域科学専攻に入学しました。
―アザラシやペンギンは温帯地域にもいます。バイオロギングが特に極地の海洋動物を対象におこなわれてきたのはなぜでしょうか?
そもそも極地の海は人間が直接観測することのできない場所の多いフィールドです。そこに生息する海洋動物が深く、そして長く「潜る」ことが、バイオロギング研究が発展する土壌となりました。内藤先生も極地のアザラシがどうして長く深く潜ることができるのかをよく知りたいという理由で、極地研での研究を始められたと聞いています。例えば南極沿岸部に生息するウェッデルアザラシは、最大で深さ904メートル、96分間も潜水した記録があります。南極沿岸には定着氷が広がりますが、秋期から冬期にかけては氷が分厚いため、船による観測が難しく、この海域の環境や動物の行動についてはよくわかっていませんでした。しかし、定着氷が張り出す一帯の海底近くの深さまで潜水するアザラシへのバイオロギングが可能になったことで、この時期・海域の、海洋データを収集できるようになりました。こうした点で、極地は先進的なバイオロギング調査のフィールドなのです。
研究の醍醐味はデータを読み解くこと
―65次隊では、どんな動物を対象にバイオロギングをおこなったのですか?
対象にしたのは昭和基地沿岸で繁殖するアデリーペンギンです。主な研究テーマは二つあって、一つめは抱卵期のペンギンの行動と彼らが利用する海洋環境を調べることです。春に雌が卵を産んだ後、ペンギンは雄・雌が交代で卵を温めます。片方の親が巣で卵を守っている間、もう片方の親は数百キロメートル離れた海域まで2〜3週間の採餌トリップに出ます。卵が孵化してからの育雛期も雄・雌の交代制は続きますが、雛に頻繁に餌を与える必要があるので、採餌トリップの範囲は10キロメートル程度となり、大体1日で巣に戻るようになります。雛が生まれるのを境に行動パターンが大きく変わるのです。今回は、特に遠くまで回遊する時期である抱卵期に注目して、春先に海氷が融け始める時期の海洋表層の海洋環境を調べようと考えました。春先の南極沿岸は、海氷が融けて生物活動が活発になる重要な時期ですが、船を出して調べに行くことは難しく、これまでは海洋環境を広く調べる手段が限られていました。
―二つめは何でしょうか?
二つめはペンギンの群れがどのように作られたり維持されたりするのか、群れの機能や群を作る意味を調べようというものです。実は、59次隊での調査でも、巣から約60キロメートル離れた開放水面(定着氷が途切れ広い水面が現れる場所)まで定着氷の上を群で歩いて行く時のデータを取って、その際、個々のペンギンが歩行速度や休息のタイミングを互いに合わせることで、群を維持するような行動を確認できました。ただ、前回は営巣地全体に対して行動を記録できた個体数が数個体と少なかったので、今回は群の行動をより深く理解するために、約140ペアーのアデリーペンギンが繁殖する営巣地の中の151個体に、一斉にGPS、深度計、加速度計を搭載したロガーを取り付け、育雛期の行動の記録を取りました。1つの繁殖地で、これだけたくさんの個体の行動を一斉に調べたのはこれまでに例のないことです。
―まだ解析中かと思いますが、現時点での手応えは?
現在は抱卵期の行動を調べているところです。GPSや深度、加速度の記録を見ると、ペンギンが巣を出てから定着氷の上を腹ばいになったり立ったりしながら歩いて60キロメートルほど離れた開放水面のほうへ向かって行き、開放水面に到達した後は流氷帯を泳いだり氷の上で休憩したりしながら餌を採っている様子がよくわかりました。これまで直接観測することが難しかった春先の南極における流氷域の海流や水温、塩分などを詳しく調べることができそうです。また、そういった海洋環境のうち、どのような場所がペンギンの採餌りにとって重要か、についても解明が進みそうだと期待しています。
―何かわかりそうなことはありますか?
流氷域での加速度記録を見てみると、一生懸命泳いで移動している時と氷の上で休んでいそうな時が交互に現れていました。その時のGPS記録を見てみると、泳いでいる時間帯にはもちろん速いスピードで移動しているのですが、氷に乗っている時間帯にも、一定方向へゆっくりと移動している様子が見えてきました。このデータから、海氷の漂流する様子が細かく捉えられそうだと考えています。また、その際に限られた時間ではありますが、海中で餌を採る映像データも録れています。これらのデータをもとに、抱卵期のペンギンたちが沖合に出かけていって、海流や風の影響で流されながらも、餌を効率よく採って帰ってくるような行動を分析できるのではないかと考えています。
―予想外の傾向が見られたのですね。そういうことはよくあるのでしょうか?
時々あります。研究には仮説を立て、調査をして、データを分析するという流れがありますが、私は取ってきたデータを眺め、何か面白そうなことはないかと探索してみるのが好きです。もちろん仮説の整理などは事前におこないますが、事前に立てた仮説の検証のみではなく、収集したデータを見やすく並べて「何か面白いことないかな」と探してみるとワクワクしますね。バイオロギングは、動物が自然のことを直接教えてくれるわけではありません。動物が取ってきてくれたデータから、これが面白いのではないか、という事柄を研究者がそれぞれの視点から読み解いていく。そこが、バイオロギング研究の大きな一面だと思います。
さまざまな種類のデータロガー
―具体的にロガーをどのように取り付けるのですか?
私はアザラシやペンギン、また飛んで潜るような海鳥を研究対象にしています。例えば北極に生息するウミガラスや南極のペンギンの調査では、深度計、温度計、加速度計、GPS記録機能の付いたロガーを、背中の羽根と一緒に防水テープで取り付けます。また、南極におけるウェッデルアザラシの調査の際には、深度計、水温計、塩分計、そしてそれらを人工衛星に発信するアンテナの付いたロガーを頭に取り付けます。麻酔をして、頭に接着剤を付け、頑丈なメッシュに固定したロガーを接着します。鳥であれば10〜20分で済みますが、アザラシは4人がかりで1時間ほどかかります。
―取り付けるロガーはどうやって決めているのですか?
どんな動物を対象に何を調べたいかによって、使うロガーの種類を決めます。ただ、電池やメモリーの制約もあるので、機能が多ければ多いほどよいというわけではありません。また、動物の行動を阻害しないように、ロガーは体重の3%以内に収まる重さで、なるべく遊泳や飛行に影響を及ぼしにくい形状が望ましいという基準もあります。したがって小さい動物であればそれだけ取り付けられるロガーの種類も限られます。新しいセンサーで新しい情報を得たい、これまで取り付けたことのない動物に取り付けたいなどといった時には、開発企業と相談して、新しいロガーを作ってもらうこともあります。
―アザラシに取り付けた海洋観測ロガーには衛星発信機能も付いています。データはどのように飛ばすのですか?
アザラシが氷の穴から頭を出して呼吸する時や氷の上に寝転んで休んでいる時などに、ロガーに付いたアンテナから、電波が人工衛星に送られます。データが度々送られるので、ロガーを回収しなくても長期間データを収集できます。ただ、一度に送ることのできるデータ容量は非常に小さいため、生データではなく平均値や最大値などの要約データを送る、といった工夫をしています。
―かつて衛星発信機能がない時はどうしていたのでしょうか?
ロガーの回収が必須でした。それに、電池やメモリー容量が限られていたので、詳細なデータを取りたい場合、1日や2日といった短期しか記録できないという制約もありました。省電力、大容量メモリー、さらにデータ送信機能があれば、より長期間の詳細な記録が取れますし、場合によっては半年や1年もの間、ロガーを回収することなくデータを取り続けられます。
―衛星発信機能の付いていないものはどうやって回収するのですか?
私がこれまで対象にしたのは、多くの場合繁殖中の海鳥(ペンギンや飛ぶ海鳥)です。彼らは卵や雛を育てるため同じ巣に戻ってくるので、その時に回収できます。ただし、同じ場所に戻ってくることのない魚などは、電波発信器を一緒に取り付けたロガーが自動で切り離されるようにしておき、数日後に海上に浮かんできたものを、発信器を頼りに回収するなどの工夫をしています。
極地の研究者になった経緯
―極地に興味を持ったきっかけは?
子どもの頃によく山歩きに連れて行ってもらったことで、自然環境に興味を持つようになりました。また、母親が鳥好きだったこともあり、中学1年の頃、誕生日プレゼントに双眼鏡を買ってもらいました。それを持って近所の池や干潟に鳥の観察に出かけたり、当時入っていた理科系クラブのメンバーと一緒に野鳥観察をしたりして、鳥が好きになっていきました。極地に興味を持ったきっかけとしては、大学の時に探検部に入って北海道の山や川などで活動したことが大きいです。さらに、江戸時代の探検家、間宮林蔵の『東韃地方紀行』を読み、仲間と一緒に彼の足跡を追って、冬のサハリンからハバロフスク地方の海氷原や雪原でソリを引っ張って歩いたりして、厳しくも美しい寒冷地の自然に魅了され、将来何か極地に関わる仕事をしたいなと漠然と考えるようになりました。
―そこから海鳥に興味を抱くようになったのはなぜですか?
大学生の時に北洋での調査航海に参加する機会があり、ハシボソミズナギドリという海鳥の群を見ました。それは数千羽というものすごい数で、南極の近くから北半球に渡って来ていることを知り、海鳥の生態に強く興味を持つようになりました。また大学院生の時に、南極の調査航海に補助調査員として参加し、ニュージーランド近海からロス海の最奥部に至るまで、ずっと船の上から海鳥を目視で観測しました。その際に、南極が北から南まで何重もの海洋前線に囲まれていて、緯度によって見られる鳥の種類や量が大きく異なることを、実際に自分の目で見て理解することができたのです。こうした体験から、また南極に来て海鳥の研究をしたいと強く思いました。海鳥は、陸の鳥に比べて出合う機会も限られる上に見た目が地味な場合も多く、一般的にはあまり注目されませんが、極地の絶海の孤島には何万羽という海鳥が繁殖している場所が数多くあります。なぜこんなところで暮らしているのだろう、どうやって同じ場所まで迷わずに帰ってこられるのだろう、と興味をかき立てられますし、実際にまだわかっていないことも多いです。
―研究者を目指す人に向けて、研究に必要なものを3つあげるとしたら?
一つは「体力と気力」です。寒い中での長時間の観察や荷物を背負って歩いて調査地へ向かったりすることが多いので、やっぱり第一はこれですね。また、極地では時間も道具もできることも日本にいる時と違って制約が多いです。だから何かに行き詰まっても深刻になりすぎず、気持ちを切り替え、「何とかなるさ」という気持ちでいるのが、結構大事だと思います。さらに、バイオロギングではその時々の最新機器を使うことも多いので、機器に不具合があったり、思い通りにデータが取れなかったりすることもあります。極地の場合、そういう時に国内のフィールドと違ってまたすぐに行ってデータを取り直すというわけにもいきません。そこで、本来の研究目的とは別に、これなら大丈夫、という予備プランを持って行くようにしています。そもそも極地は、悪天候が理由で到着できなかった、という事態もあり得るわけです。だから私は、現地に行きさえすれば何かできる、という気持ちで、臨機応変に色々やっています。
―残りの二つはどんなことですか?
二つ目は「自由な発想」です。もちろん研究者なので基礎知識や先行研究などを押さえておく必要はありますが、かといって既知のことだけに縛られるのではなく、想定外の結果が得られたら、そこにはどういう意味があるのか自分なりに考えることが大切です。これまでの知識をどんどん組みかえ直していくようなイメージです。
最後は「コミュニケーション能力」です。例えばペンギンの現地調査はチーム作業なので、個々の研究テーマを持ちながら、お互いに協力して進めるチームワークが欠かせません。それだけでなく、データ解析を進めていてうまくいかないことや想定外に面白そうなことがあったら、研究仲間や他分野の研究者に話を聞きに行きます。異なる分野の方から見るとどう見えるか、意見を聞いた上で考察を深めると、研究の発展の糸口が見つかることも多いです。
―極地の共同生活でも、コミュニケーション能力は必要そうですね。
そうですね。特に越冬隊の場合は、研究者だけでなく、医師や料理人など、基地の維持運営に携わる設営系と呼ばれる方々も含めて30名ほどが1年以上生活を共にします。以前越冬隊員としてウェッデルアザラシの調査をした時には、アザラシを専門とする人が私以外にいなかったため、研究系のみならず設営系の方々にも調査を手伝ってもらいました。極地調査ではあらゆることを限られたメンバーと道具で何とかしなければいけないので、自分の専門分野外のことでも助け合う姿勢がよく求められます。越冬隊での生活は、研究上のメリットが大きいかどうかはともかく、とてもよい人生経験になったと思います。
―研究者を目指す方々にメッセージをお願いします。
研究では、基礎知識や先行研究の理解に加えて、自分なりの興味・視点が必要になります。普段から身近な生き物や自然環境に触れて、それぞれの興味・視点を育ててほしいと思います。一方で、広い視野を持つことも大切なので、さまざまな分野の人と積極的に交流して、幅広い思考力を培ってほしいと思います。
写真:国立極地研究所アーカイブ、取材・原稿:池尾優、編集:服部円