アイスコアが教えてくれる地球の気候変動の歴史。国立極地研究所・気水圏研究グループの大藪幾美助教が、美しく魅力あふれる氷の世界へいざないます。
前回はアイスコアの写真をお見せしましたが、今回は、どのようにアイスコアの中の空気を分析しているのか、ちょっとマニアックなお話をしたいと思います。
氷の中から空気を取り出す方法は、大きく分けると「融かす」、「砕く」、「昇華させる」の3つです。私たちの実験室では、目的に応じて、「融かす」と「砕く」の方法で、氷の中から空気を取り出しています。ただし、実験室でそのまま氷を融かしたり砕いたりすると、出てきた空気が部屋の空気と混ざってしまいます。そのため、真空中で抽出作業を行います。
氷から空気を取り出す作業は1日がかりです。朝9時半ごろ低温室に行き、その日の試料を準備します。貯蔵庫に保管されている氷試料を取り出し、バンドソーで必要なサイズに切り出した後、セラミックナイフで表面を削って汚れを除去します。その時に、ヒビや割れがないか氷の状態を観察します。その後、ステンレス製容器に氷を入れて密閉します。
氷の入った容器は常温の実験室に運んで真空配管に接続し、2時間かけて真空ポンプで排気します(配管内圧力は10-4 Paほどに達する)。次に、氷の入った容器の外側をお湯で温め、1試料ずつ融かしてアイスコア中の空気を抽出します。真空配管の中に放たれた空気は、マイナス263度に冷やした細長いステンレス製容器に回収します。準備した全ての試料からの空気の抽出が終了したら、翌日の分析に備えて後片付けをし、その日の作業は終了です。
翌日、抽出した空気を1試料ずつ装置に導入して分析します。
1回の分析に必要な氷の量は60g前後で、ここから約5ccの空気を得ることができます。私たちの実験室では、空気の主成分である窒素と酸素の同位体比と濃度比(δ15N, δ18O, δO2/N2, δAr/N2)、温室効果気体濃度(メタン、二酸化炭素、亜酸化窒素)、空気含有量などの測定を行っています。
このような地道な分析から、新しいことが分かってきました。今回は、ドームふじコアに含まれる空気の酸素・窒素比(δO2/N2)に関する重要な研究成果を一つだけご紹介します。
氷床では、空気が気泡に閉じ込められる時、酸素分子(O2)が窒素分子(N2)に対してわずかに抜けてしまうため、現在の大気と比べて南極内陸の氷床中の空気は酸素分子の割合が1パーセントほど低くなります。さらに、この“酸素分子が抜ける度合い”は、雪が氷床に降った当時の夏の日射量(地球が太陽から受け取る太陽放射エネルギーで、地球の公転軌道や地軸の傾きの変化、地軸の首振り運動によって周期的に変わる)と密接に関係していることが分かっています。
やっかいなことに、酸素分子はアイスコアの保管中にも抜けてしまいます。そのため、アイスコア中の空気から正確な酸素・窒素比を得ることはこれまで大変困難でした。
私たちの研究グループは、ドームふじコアの中心部からは酸素分子がほとんど抜けていないことを突き止め、コアの中心部のみを測ることで、他の研究機関では達成できなかった日射量変動に非常に良く似た酸素・窒素比のデータを取得することに成功しました。
これにより、計算で正確に年代のわかる日射量曲線に、酸素・窒素比の曲線を同期させることで、ドームふじコアの年代を高い精度で決めることに成功しました。年代の正確性は、復元される気温や二酸化炭素濃度などの変動が、いつどのようなタイミングで生じたのかを知るうえで非常に重要です。現在は、この分析をさらに古い時代にさかのぼって進めており、ドームふじコアの年代軸の高精度化に加え、過去の大気中の酸素濃度の解明という大目標に取り組んでいます。
<次回は、2024年8月20日に公開予定です。>
- 大藪幾美(おおやぶ・いくみ)
- 国立極地研究所 気水圏研究グループ 助教。第59次南極地域観測隊の夏隊に参加し、ドームふじ観測拠点II選定のためのレーダー探査と浅層コア掘削に携わった。2015年と2018年にはグリーランドでのアイスコア掘削にも参加。専門はアイスコアの気体分析。北海道育ちで暑い夏より寒い冬が好きだが、低温室での作業は苦手。