ナルサーク(グリーンランド)の景色。

今回ご紹介する極地観測の現場は、グリーンランド。日本ではみられないダイナミックな極域のフィールドで観測・研究に取り組む極地研の研究者たち。彼ら・彼女らが出会った現場の風景と、そこでの研究や発見を綴るエッセイです。

吉田 淳(よしだ・あつし)
吉田 淳(よしだ・あつし)
国立極地研究所 北極観測センター特任助教。研究対象はエアロゾルをはじめとした環境中の微粒子です。大気光学現象や微粒子の光測定など、微粒子の光散乱全般が好きです。地上基地・船舶・航空機といったプラットフォームを利用して北極・南極問わず現場観測を行うことで、微粒子の動態や気候影響を調べています。

ナルサルスアークの調査(前編参照)を終え次に向かったフィールドはナルサークです。ボートに乗って約1時間の移動でした。人口200人未満のナルサルスアークと比べると、ナルサークの人口は2000人弱と規模が大きく、日常の買い物や食事には困りませんでした。夏の間は過ごしやすい場所だと感じました。

ナルサーク街中を散策しているときの一枚。流氷が太陽の光にきらめいていました。

ナルサークでは、エアロゾル(大気中に浮遊する微粒子)の観測と試料採取を行いました。以前までの北極におけるエアロゾル研究の多くは、中緯度大陸の人間活動によって発生したススなどの人為起源エアロゾルが、長距離輸送によって北極に到達したものを対象にしていました。一方、近年では、北極圏の土壌、植生、海洋などから放出される自然起源エアロゾルの重要性にも注目が集まっています。気候変動に伴い、こうした自然起源エアロゾルの供給源が拡大・変質している可能性があります。しかし、観測研究はまだ限られており、それらが気候システムにどのようなフィードバックをもたらすのかについては、十分に解明されていません。

一口に、エアロゾルの観測といっても、濃度、粒子の大きさ、組成、雲の核としての働きやすさ、などさまざまな物理的・化学的要素があります。しかし、これらのすべてを一つの測器で観測をすることは不可能です。そのため、エアロゾル研究者は知恵を絞り、様々な方法を組み合わせて観測を行います。今回はまず、パーティクルカウンターという手持ちできるほどのコンパクトな測器を外置きして、エアロゾルの数濃度を観測しました。

エアロゾル数濃度の測定結果の一例。1 μm(マイクロメートル)は千分の一ミリメートルです。0.3 μmから1.0 μmの大きさのエアロゾル(青)と、1.0 μmから5.0 μmの大きさのエアロゾル(オレンジ)の時系列が示されています。

上の図をみればわかるようにエアロゾルの数濃度は様々な時間スケールで変動しています。気象条件、海洋の状態、生物活動など、多様な要因がこの時間変動を生み出していると考えられます。しかし、このデータだけでは、どのような発生源のどのような組成のエアロゾルがどれだけ存在していたのかを特定することはできません。

そこで私は、エアロゾルを詳細に分析するための試料採取も行いました。ポンプで空気を取り込み、その中に含まれるエアロゾルをフィルターやグリッド上に捕集しました。採取した試料は極地研の実験室に持ち帰り、組成や氷雲を形成する能力の分析を進めています。これらの分析を通じて、北極域における自然起源エアロゾルの実態を明らかにし、気候システムとの関わりについての理解を深めることを目指しています。

番外編:スイスの研究グループのアウトリーチ

実は今回の出張では、大気観測と並行して、スイスの研究グループがグリーンランド南部の現地住民向けに実施していたアウトリーチを見学することも目的の一つでした。この研究グループは2022年からGreenFjordプロジェクト(代表者:Julia Schmale博士)を立ち上げ、ナルサークを含むグリーンランド南部でフィールド調査を行っています。多様な生態系が特徴的であるグリーンランド南部のフィヨルド環境が、気候変動によってどのような影響を受けているのかを理解するため、複数分野の研究を統合的に進めているプロジェクトです。プロジェクトの最終年度を迎えるにあたり、これまでの研究成果を現地住民に直接伝える場としてアウトリーチが行われました。その様子の一部を写真でお伝えしたいと思います

こちらはアウトリーチの会場マップです。GreenFjordは6つのクラスター(研究分野)によって構成されており、屋外の複数地点(地図中の赤枠)で成果発表が行われていました。

Land(陸域)クラスターの発表の様子。堆積物コアの実物を示しながら、その起源について解説しています。土壌と河川堆積物のコントラストがはっきりしていました。

Land(陸域)クラスターの発表の様子。

Ocean(海洋)クラスターとCryosphere(雪氷)クラスターの発表の様子。海洋や氷河の構造を視覚的に理解するためのジオラマが分かりやすかったです。水槽実験も行われていました。

Ocean(海洋)クラスターとCryosphere(雪氷)クラスターの発表の様子。

Biodiversity(生物多様性)クラスターの発表の様子。様々な観測器具が展示されており、他分野の研究者が使用する機器や道具を間近で見る貴重な機会となりました。

Biodiversity(生物多様性)クラスターの発表の様子。

Human(人文)クラスターの発表の様子。私が訪問したときは現地の子供たちが説明を受けており、英語の説明を引率の大人がグリーンランド語に翻訳していました。

Human(人文)クラスターの発表の様子。

Atmosphere(大気)クラスターの発表の様子。説明をしている人物はGreenFjordプロジェクトのリーダー、Julia Schmale博士(スイス連邦工科大学ローザンヌ校)です。一見すると大気汚染とは無縁に思えるグリーンランドでも、シベリアやカナダなどにおける森林火災由来の汚染大気が輸送されてくることが説明されていました。この写真は、アウトリーチの後半に屋内で行われたKaffemik(グリーンランド語で、コーヒーを交えた集まりを意味する)にて撮影しました。食事や飲み物を楽しみながら研究の話題で盛り上がっていました。

Atmosphere(大気)クラスターの発表の様子。

【連載】わたしの現場

前の記事|緑豊かなグリーンランドでの大気観測(前編) https://kyoku.nipr.ac.jp/article/5072
関連記事|イヌイットと探る北極の海棲哺乳類の生態―グリーンランド・カナック(前編) https://kyoku.nipr.ac.jp/article/5093