今回ご紹介する極地観測の現場はグリーンランドのカナック。日本ではみられないダイナミックな極域のフィールドで観測・研究に取り組む極地研の研究者たち。彼ら・彼女らが出会った現場の風景と、そこでの研究や発見を綴るエッセイシリーズです。
- 小川萌日香(おがわ・もにか)
- 国立極地研究所北極観測センター特任助教。学部時代は文化人類学を専攻し、趣味のスキューバダイビングに没頭するなかで海の世界に魅了されました。修士課程から海洋動物の研究に転向し、2025年3月に北海道大学環境科学院で博士号を取得、同年4月より現職。博士課程の研究でグリーンランドでの調査を開始し、アザラシやイッカクを対象に生態調査を進めています。

ビルのように大きな氷山に、海氷の上で日向ぼっこするアザラシ。初めてグリーンランドのカナックを訪れたとき、幼い頃に夢中で観ていたナショナルジオグラフィックやアニマルプラネットの光景が目の前に広がり、胸が高鳴ったのを今でも覚えています。この地での調査は今年で4年目になりますが、今でも胸が踊ります。
北緯77.5度に位置するこの海域は、一年の約半分(10月から2月頃)は太陽が昇らない極夜、もう半分(4月から8月頃)が白夜です。驚くのが、そんな過酷とも思える環境の中で、何世紀も前から人が普通に生活している点です。ここが南極との大きな違いであり、私がこの地域に強く惹かれている理由のひとつでもあります。ここに住むイヌイットは、アザラシやイッカクなどの動物を狩猟し、食料はもちろん、衣類や道具の材料として、また収入源としても利用しています。動物はまさに彼らの日々の生活の中心にある存在なのです。
これまでに食べたイヌイット料理で特に美味しかったのが、アザラシ煮込みスープ、イッカクの皮のお刺身マッタ、ヒメウミスズメの塩茹など。海鳥をアザラシに詰めて発酵させたキビヤックも想像と異なり美味しかった・・・。

私はここで、イヌイットハンターたちとともに海棲哺乳類の食性調査に取り組んできました。海棲哺乳類の食性を調べるのは容易ではありません。陸生動物と異なり、水中での彼らの生活を直接観察することが困難なためです。また、サンプルも滅多に手に入りません。
・・・北極域を除いて。
日々、海棲哺乳類を狩猟しているこの海域では、驚くスピードで胃が集まりました。 ハンターたちは研究に非常に協力的で、3年間で126個もの胃サンプルを提供してくれました。これは、彼らの助けなしには決して実現しえない規模です。

自然と共に生きる彼らは、まさに海と動物のプロフェッショナルであり、多くのことを教えてくれる存在です。彼らへの聞き取り調査を通じて、これまで記録されてこなかったさまざまな環境や海洋生態系の変化、そしてそれらが彼らの暮らしに及ぼす影響が少しずつ明らかになりつつあります。 現地に暮らすイヌイットは、北極域研究には欠かせないパートナーなのです。

【連載】わたしの現場
次の記事|イヌイットと探る北極の海棲哺乳類の生態―グリーンランド・カナック(後編)<順次公開予定です!お楽しみに。>