多い時には月数回!? 世界各国で行われる国際会議やシンポジウムに参加している榎本副所長。今回は、F1モナコGPやリゾート地として有名なモナコ公国で開催された極地変化に関する科学のシンポジウム「北極から南極へ」に参加した時の様子について語っていただきました。
北極や、南極だけをテーマにした会議やシンポジウムは数多く開催されていますが、「両極」をテーマにしたシンポジウムはなかなか無いのです。今回のシンポジウムでは、北極と南極に共通する課題や特徴、また南極と北極で大きく異なる考え方が話題に登りました。

北極の専門家や研究者たちは、ツーリズムや経済開発を活性化させて、でも自然を破壊しないように、どうアジャストしていこうかということを議論していました。例えば、ノルウェーやフィンランドなどへの旅行者に、景色もきれいだし、良い所だと体感してもらって、現地の文化や暮らしの特殊性や魅力を知ってもらう。同時に、これらを壊さないようにする仕組みを旅行者と現地の人たちとで共有できれば、地域の経済活動になりますよねと話していました。ただの見世物ではなくて、文化を知り、それを尊重する関係が築ける上手い仕組みが必要なんです。今回のシンポジウムでは「サーミ」というノルウェーの北の方に住んでいる住民の代表がきていて、「自分たちの生活を見てください、来てください、でも環境を汚さないで欲しい」と旅行者に伝えているということが紹介されました。北極の会議では彼らの意見を聞くために必ず呼ばれます。

一方、南極の専門家や研究者たちの席では、どうやって押し寄せる旅行者を止められるか、といきなりその話題になり、ツーリズムに対してはウェルカムではありませんでした。すでに環境への負荷が懸念されており、どうやって押し寄せる観光客が押し寄せてこないように教育したらいいのかを話し合っていました。
このように、北極と南極ではツーリズムへの向き合い方や考え方が全く違うことが浮き彫りになりました。

両極とも環境変化は起きていることは地球全体の課題で、科学的な調査はどちらの地域も共通して重要です。南極は、ダイナミックな自然があり、地球物理学のものすごい舞台でありますね。南極については、まだまだ未知だという、そういった科学のおもしろさがあります。しかし、北極はそれだけではありません。人の暮らしや文化が関わってきます。そこに人が住んでいるか住んでいないかで、科学の取り組み方や考え方に大きな違いが生じていくのです。
北極の方は、人の暮らしが直接見えているので、永年にわたって自然に対峙してきた考え方が語られます。一方、最近起きている問題については「調べてください、困っているんです」という声を現地の人たちから直接話を聞けます。現地の人との直接的なやり取りを通じて、文化や社会の構造、あと家族の生活や関心、現地の産業とか若者の将来とか、それと環境や健康や社会に関する科学を結びつけ、一緒にどう折り合い付けるかというところまで考えることができます。
例えば、社会科学の研究者が自然科学の研究者も呼んで一緒に考えましょうと会合を開いたり、逆に自然科学の方が、こんなことがわかってきたけども、社会にどんな影響がありますかと聞く場を作ったりと、日本も含めてヨーロッパも連携が主流になっています。現在のArCS IIは、自然科学から人文科学と社会科学、そして産業までの関わりを求めていますが「最終的にはルールつくりが必要」という考えのもと法律の研究者にも入ってもらいました。困ったねで終わらずルールを作るところまで連携して「北極の課題」に取り組んでいるのです。

時折、私は自分の専門分野を忘れて、異なる文化や環境から訪れた旅行者として現地を見つめることがあります。彼らが持っている長い歴史のある一瞬だけ、たまたま「覗かせてもらう」だけではあるのですが、その一瞬でも見られたら、つながりを感じます。
例えば、最近気温が高くなっているけれど、ヤクーツクのある地域で出会ったあの家族は、今どんな暮らしをしているんだろうか、まだ羊飼っているかなとかね。ひと家族しか知らないんですけれど、でもその家族のことを通じて、その国の人たちみんなのことを思います。アラスカの家族とか南米の牧場の人たちとか、グリーンランドの人たちとかどうなっているのかなと。。。現地に行って出会わないと、本だけではわからないんです。
現地で調査に協力してくれた人たちは私に、「この地域を見ていって、私たちが環境調査に協力していることを世界に伝えてほしい」と言うんですね。その地域の理解者が増えて、大変になっていると共感する人が増えたら、現地の人たちはすごく喜びます。ツーリズムを考える上で、私は「若い人たち、文化や言葉の違いなど難しいと考えないで、まずは行ってみて。直接環境を見て町の人の声が聞けたら、友達一人でもきたら、その国に対する考え方が変わるよ。」と伝えたいですね。
<次回は、2025年1月30日に公開予定です>

- 榎本浩之(えのもと・ひろゆき)
- 国立極地研究所副所長、北極観測センター特任教授。専門分野は雪氷学、気象学、リモートセンシング工学。1983年に北海道大学工学部を卒業後、筑波大学で修士号(環境科学)、スイス連邦チューリヒ工科大学で博士号(自然科学)を取得。国際北極科学委員会の Vice-President(副議長)も務めている。