写真1:ドームふじの太陽が昇らない冬(極夜)のダイヤモンドダスト。(38次隊)

いつもと違う場所に出かけるといつもと違うことに出会います。ドームふじは南極氷床で最も標高の高い地域の一つです。そこで1年を過ごした人は34人しかいません。それぞれの人が記憶に残したものは異なるでしょう。その特別な場所で過ごしたからこそ体験したことや始めた研究を紹介していきます。伝聞ではない、一次情報を届けます。

ダイヤモンドダスト

ダイヤモンドダストは寒い地域の特徴として日本でも取り上げられます。南極のドームふじでは青空の中でキラキラと輝いて見えます(動画1)。気象学の専門用語では、英語でclear-sky precipitation、日本語はそれを直訳して晴天降水です。この言葉が示すのは、ダイヤモンドダストも降雪です。

動画1:ドームふじの夏のダイヤモンドダスト。(38次隊)

ドームふじでの生活が始まって、毎日、朝から晩までダイヤモンドダストが降り続いていました。太陽が昇らない季節にも星空から降り続きます。冬の風景を撮影したデジタルカメラの写真にはダイヤモンドダストが沢山の白い斑点として写り込みます(写真1:低温によるノイズと思っていた)。先人たちは南極の氷床上で何日も何日もこのダイヤモンドダストを見るうちにとうとう思ったはずです。「ダイヤモンドダストが南極氷床を作った」と。氷床上では1年間の80%以上の時間にダイヤモンドダストを見ることになるのですから。

写真1:ドームふじの太陽が昇らない冬(極夜)のダイヤモンドダスト(38次隊)。

ダイヤモンドダストは直ぐ近くでできている

第2回目に接地気温逆転層をお話ししました。逆転層とダイヤモンドダストを見続けたある日、両者が結び付きました。

ダイヤモンドダストは空気中で水蒸気が氷の結晶(氷晶と呼びます)となって降ってくる現象です。気体として存在できる水、すなわち水蒸気量には上限があります。飽和水蒸気量です。この上限値は温度が低いほど低いです。高度400mの空気が水蒸気で飽和していたとして、その空気がその下にある気温の低い空気と混合したとき今までより気温が下がり、元々の水蒸気量は気温が低下した空気の上限値を越えます(気象学的には飽和水蒸気圧曲線が下に凸の形状だからです)。超えた分の水蒸気は氷晶となります。このような氷晶の形成は逆転層のいたるところで起こっています。私たちが地上で目にするのは上空から降ってくる全ての氷晶です。

雪と雲と晴天の境

ところで、雲や霧ができる仕組みも水蒸気で飽和した空気の冷却です。それらが落下すると降水です。そうしてみると、ドームふじの逆転層は雲層です。雪も降っています。

最後に数値にあたっておきましょう。マイナス50度の飽和水蒸気量は圧力で表現して0.038 hPaです。0度では6.11 hPaですから、その比率は160分の1程度です。作り出される氷晶の量も同程度と考えれば、普段私たちが空に見る雲層よりも圧倒的に薄いことが理解されるでしょう。ドームふじで精いっぱい雲を作り、雪を降らせても、気温が極めて低いためにそれらの濃度は極めて低く、星や太陽や青空を遮ることはありません。南極氷床全体が雲のベールで覆われていると見ることもできます。

ドームふじは雪と雲と晴天の3重点の境目にあるのです。私たちの目には青空とそこから降るダイヤモンドダストだけが見えています。

写真2:太陽の下の地平線の上にはいつもひときわ明るい光の層が見えました。ダイヤモンドダストが散乱する光なのかもしれません(38次隊)。
平沢尚彦
平沢尚彦 国立極地研究所 気水圏研究グループ 助教
学生時代を過ごした筑波大学と名古屋大学では熱帯の気象と梅雨を研究しました。博士の学位は極地研究所に就職してから始めた南極に昇温と降水をもたらす気象システムに関する研究で北海道大学から授与されました。今、極地研究所で30年以上を過ごしました。5回の南極は1997年のドームふじ基地での越冬で始まって2018年の昭和基地での越冬で終わりました。南極の降雪観測を試験するための北海道陸別町での観測は16年目に入ろうとしています。