長期にわたって継続されてきたモニタリング観測は、昭和基地の存在意義を支える大きな柱となっている。

南極の昭和基地では、1957年から現在まで観測が続けられています。南極の大地そのもの、地表から宇宙の渚までの大気、雪と氷、ペンギンなどの生き物まで、観測し続けることで何が見えてくるのでしょうか。南極観測センター副センター長・気水圏研究グループの橋田元教授に、昭和基地で続けられてきた観測の歩みについて聞きました。

橋田元(はしだ・げん)
橋田元(はしだ・げん)
南極観測センター副センター長・気水圏研究グループ教授。専門は極域海洋生物地球化学。第39次・第44次南極地域観測隊では越冬隊員として昭和基地で温室効果気体モニタリングを担当、54次隊では越冬隊長、62次・65次隊では観測隊長兼夏隊長を務めた。

60年以上続くモニタリング観測

―昭和基地ではどのような観測がおこなわれているのですか?

昭和基地では、期間を定めて集中的におこなわれる研究観測だけでなく、地球や南極で起きる自然現象を、定点で長期間にわたってモニタリングする観測もおこなっています。観測対象は、磁気圏や電離圏、超高層から地表面の大気全層、雪氷圏、固体地球圏、生物圏と幅広く、さまざまな機器や手法を用いておこなわれます。

―モニタリング観測とは、具体的にはどのようなことでしょうか?

まずひとつ目は、成層圏上空から宇宙空間に至るまで、地上50〜1,000キロメートル以上のエリアに関する観測です。観測には電波やレーザーなどを使います。1次隊からオーロラの観測をしており、例えば、全天カメラなどの光学観測機器の技術の進歩とともに、人間の目には捉えられない細かい時間・空間解像度でオーロラをはじめとする超高層の大気現象を観測できるようになってきました。地球規模の電離圏や超高層大気の変動、そしてそれらが地球環境に与える影響などを調べることができます。

昭和基地は南半球で数少ない有人のオーロラ光学観測点。1957年の基地開設以来、継続的に観測が実施され、オーロラ活動の長期変動を研究するうえで貴重なデータを提供してきている。昭和基地以外の他国基地などでも無人観測が行われている。

ふたつ目は、地表面に近い場所の観測です。雪や雲など、私たち人間の生活圏内に近いエリアで起きる現象を対象にしています。地球温暖化に関連する大気組成の観測もおこなわれており、これは40年以上継続されています。昭和基地からドームふじ基地の往復ルートの移動中でも観測をおこなっています。片道1,000キロメートルにもおよぶルート上に、目印として約2キロメートルごとに雪尺と呼ばれる竹竿を雪面に立て、通過するたびに長さを測り雪が降った量を調べることができます。数十年にわたるデータから、降雪量の変化がわかります。もちろん、人工衛星による観測からは、より広範囲の変化を知ることが可能ですが、地上の実測値と比較することでデータを確実なものにできるのです。このような地上での検証を「グランド・トゥルース」と呼んでおり、解析や予測にデータを活用するうえで欠かせないものです。現場での観測や装置の点検は単調な作業がほとんどですが、一つ一つの計測の積み重ねや、装置のトラブルを未然に防ぐことで、しっかりとしたデータが得られるのです。

南極大陸内陸における雪尺観測の様子。いくつかの地点では、約50本の雪尺が並んだ雪尺網となっている。雪尺のデータは、1992年以来記録されており、南極では最も長期間にわたる積雪の積算記録となっている。
温室効果気体の濃度観測装置の稼働状況の点検作業。 撮影:JARE64 白野亜実(2023年6月2日)

みっつ目は、固体地球、すなわち、南極大陸そのものの変化に関する観測です。GPSなどによる高精度な測位により昭和基地の基準となる地点の位置を正確に測り、他の南極基地や、他大陸の観測点と合わせた国際観測ネットワークの一翼を担っています。南極大陸は年間に数ミリ程度という微小な移動をしていることが明らかになっていますが、このような観測をおこなえる基地は南極全体で2カ所しかなく、もし昭和基地で観測できなくなると、南極プレートの動きがわからなくなってしまうため、とても重要な観測です。

昭和基地に設置された地球観測衛星データを受信する複数のアンテナ。大型のアンテナは、高精度の測位観測に利用されている。昭和基地は、世界的に見ても高精度な測地観測が集積した観測拠点となっている。
レドームの中には直径11メートルのパラボラアンテナが入っている。

さらには、生態系の変動を観測するものもあります。代表的なものに、ペンギンの個体数調査があります。近年ではドローンや人工衛星による観測もおこなわれていますが、卵を抱いている時期、雛がかえる時期などのステージに併せて隊員が直接個体や巣を数える細やかな観測は、風が強ければ飛ばせないドローンや、雲がかかれば地表が見られない人工衛星よりも確実で情報も多く取得できます。昭和基地の近くで営巣するアデリーペンギンの数は年々変化しています。周囲の海氷状況が餌のとりやすさに影響し、個体数と関係していることなどがわかってきました。他の国の基地で調査している研究者たちのネットワークにより、南極全体の数や、地域ごとの変化の違いを調べることができるのです。

―さまざまな長期的な観測をおこなっているのですね。観測は研究者がおこなうのですか?

数十年前は、国内の学会などの研究グループで装置を開発して観測を立案し、グループのメンバーの研究者を隊員として派遣するような体制でした。隊員となった研究者は、自分の研究テーマだけでなく、グループとしての観測も担っていたのです。今の越冬隊、特にモニタリング観測では研究者は多くありません。観測方法や装置の操作手順をマニュアル化することで、装置の専門家でなくても、公募で選考された一定の技量や知識を持つ隊員の手で、確実な装置の運用がおこなわれています。もちろん、担当隊員への国内からのサポートやデータの解析は研究者やグループがしっかりとおこなっています。現在は、国内から遠隔で対応できるインターネット環境も整備されています。

アデリーペンギンの営巣地(ルッカリー)の様子。カウンターを持って1羽、2羽と地道に数えていく。

数十年続けることではじめて見えてくるもの

―モニタリングで長期間のデータを蓄積する理由は?

ある一定期間、一部の変化を見るだけでは、重要な変化を見逃してしまいます。年に数回の観測で必要な変化傾向を把握できる対象もありますが、二酸化炭素の濃度は季節ごと、さらに年々変化しています。仮に10年周期の変動があった場合、次の10年の変動が今の10年と同じか違うかは、10年のみの観測では把握することができません。また、仮説を立てて検証することが科学の基本ですが、変化が起こることはわかっているが、実際にいつ変化が現れるかは予測しきれません。広い海に網を張り、獲物がかかるのを待っているようなものでしょうか。

―成果がいつ出るかわからず、途方もない研究に思えますね。

2007年、ネイチャー誌に「シンデレラサイエンス(Cinderella Science)」というタイトルの論文が掲載されました。これは1958年からハワイのマウナロアと南極点で大気中の二酸化炭素濃度の観測をおこなっていたチャールズ・デイヴィッド・キーリング博士の功績について書かれたものです。キーリング博士による50年弱の観測によって、大気中の二酸化炭素濃度の上昇の事実が揺るがないものとして示され、今につながる気候変動に関する研究への展開の礎となりました。しかし、ここで紹介したようなモニタリングを継続することは簡単ではなく、「それをやって何の役に立つの?」と言われ続け、成果としては何十年に一度、論文が出るかどうか、まるでガラスの靴を待ち続けるシンデレラのようだとも表現されています。昭和基地でおこなわれているモニタリングも、まさにこうした研究なのです。

南極・昭和基地(青)および北極・ニーオルスン(赤)で観測された大気中の二酸化炭素濃度の変動。昭和基地では、南極域の数少ない温室効果気体の観測サイトとして、1984年から今日に至るまで、大気中の温室効果気体のモニタリング観測を継続している。

モニタリング観測の自動化

―観測を諦めたり、新しく始めたりすることもありますか?

モニタリングに限らず、過去には、観測船が新しくなると運べる物資や隊員の数が大きく変わるので、最先端の装置も持ち込めますから、大きな進展がありました。ただし、すべての観測を永遠に続けることはできません。近年は、さまざまな技術により装置の自動化や維持作業の省力化も図られており、労力を大きく軽減することができてきました。

―どのような点で自動化が進んでいるのですか?

昔話になってしまいますが、以前は紙にペンで記入していた計測データがパソコンに記録できるようになっています。かつてはフロッピーディスクなどに保存して日本に持ち帰るまですべてのデータは見ることができませんでしたが、今ではオンライン上で装置の稼働状況やデータをすぐに見ることができます。停電などのトラブル時には現場の隊員による操作は必要ですが、国内の研究者がオンサイトの隊員とトラブルシュートを行うこともできますし、遠隔で装置を制御することも可能になりました。これからもこのような省力化を続けていかなくてはなりませんが、観測装置には損耗して交換や保守が必要となる何がしかのパーツがありますので、それを担当する隊員は依然として必要です。

昭和基地では1996年の7次隊から地磁気絶対観測を実施している。地球がその時刻で持つ磁場(地磁気)の大きさや方向を月に1回程度の頻度で精密に観測する。写真は地磁気変化計室(写真左)から磁気儀を使って磁北の方向を正確に把握する作業の様子(写真右)。

南極観測で味わえるダイナミズム

―橋田教授は何度も南極に行かれていますが、極地の研究に興味を持ったきっかけは?

幼い頃から南極に興味があったわけではなかったのですが、地球科学全般には興味がありました。大学の研究室に配属された時、先輩方が次々と越冬隊に参加して温室効果気体の測定や様々な大気観測を担当していました。指導教員からは、データのクオリティを維持するための国内での準備や隊員のサポートは、よい研究成果につながる重要な仕事だということを教えていただいたのです。また二酸化炭素を測定したデータは、昭和基地だけでなく各国のデータとつきあわせてようやく見えてくるものがあるという、スケール感やダイナミズムにも惹かれました。

―実際に南極に行ってどんな観測をしていましたか?

最初の2回は、温室効果気体モニタリングを担当しました。3回目は越冬隊長として南極に赴き、それ以降は、研究所での研究支援や国際協力の調整といった役割を担うようになりました。もちろん、研究を志した当初の想いは今も変わっていません。

南極に対する考え方や想いは人によって異なります。「自分が行かなくて誰が行くのか!」という強い想いの人もいれば、その研究テーマがたまたま南極でしかできないものだったから行くという人もいます。私は後者に近いかもしれませんが、極地研という場での役割を考えてやってきました。研究はひとりではできませんし、極地ではみんなチームですからね。

―極地で研究をしたいと考えている学生にアドバイスはありますか?

最近の学生さん方は自分のやりたいことをよく考え、調べてもいます。初期の南極観測では、過酷な環境に耐える山岳部のようなサバイバル能力も必要でしたが、現在では研究者としてしっかりとした計画にもとづいてデータやサンプルが得られれば、現地に行かなくても成果を出すことは可能です。もちろん実際に自分の目で見て手を動かして観測することが必要であれば、そのようにすべきですし、是非行ってほしいです。自らチームを率いる立場になると、南極に行かなくても、何をどのように明らかにしたいか、そのためにどんなチームで観測をするのか、どんな研究の計画を立てるのかがより重要になってくると思います。

写真:国立極地研究所、取材・原稿:服部円