65次隊において南極のベントスを採集するために用いた「ROV」

海底の堆積物や生き物に、過去と現在、そして未来の地球環境を知る手がかりを求めて。海の底に魅せられた研究者たちのリレー連載。

海底には多くの生物が生息している。東京のお台場の泥の中にだっているし、沖縄のサンゴ礁にもいる。そしてもちろん南極の厚い氷の下にだって沢山いるのだ。

水中を浮遊する生物をプランクトンというのに対して、海底に住む生物はベントスと呼ばれる。彼らを研究するためには海底を掻き取ってくる必要があるが、南極における海底調査がチャレンジの連続であることは前回の連載で板木さん・徳田さんが述べたとおりである。海底コア・採泥器と目的によって堆積物の採り方も変わってくるのだが、私が参加した65次隊において南極のベントスを採集するために主に用いたのは「ビームトロール」と「ROV」である。

「ビームトロール」はいわば底引網。海底面を広範囲を採集することができる。
南極観測船「しらせ」から海へ投入されるビームトロールの様子。

「ビームトロール」は簡単に言うと漁業に用いる底引き網である。海底で大きな網をひいて底にいる生物をさらってくる方法だ。海底での状況を知ることはできないが、面的に広範囲を採集することができるので未知の生物を探索するにはもってこいである。漁業者にも広く用いられている方法であり、沢山の生物を採集することが出来る。日本での海洋調査においてもよく使用されている手法なのだが、南極観測ではほとんど行われてこなかった。というのも、ビームトロールは広い範囲をある程度のスピードでひく必要があるが、南極では厚い海氷がそれを邪魔していた。65次隊では南極観測船「しらせ」の協力で定着氷を事前に割り道を作ることでビームトロールを引いて船を進めることが可能となり、おかげで沢山のベントスを採集することができた!これらには多くの未記載種(論文として出版すれば新種となる)が含まれており、これからの解析が楽しみである。

南極観測船「しらせ」の砕氷能力で海氷を割り進みながらビームトロールを引いて航行(曳航)した。
ビームトロールで引き上げられた南極海のベントスたち。

一方、「ROV」はRemotely Operated Vehicleの略で要するに無人の潜水艇である。高性能のカメラがついているので、船上から操作し海底で何が起こっているかを観察することができる。ビームトロールは大量に生物を採ることはできるが、海底で生物がどのように生きているかを知ることはできない。その部分を埋めるのがROVだ。厚い定着氷にしらせが開けた隙間からROVを投入する。

65次隊において南極のベントスを採集するために用いた「ROV」
ROVのモニターには、多様な生物が映り込んでいた。

最初は明るいがすぐに暗くなっていき、ライトがないと何も見えない暗闇になる。厚い氷が太陽光を妨げているのだ。真っ暗な海底には何がいるのか?ライトをつけてみると、非常に多様な生物がいることがわかる。大きなウミウシやコオリウオ、ゴカイにヨコエビ、と次々に変な生き物たちが出てくる。南極域に主に生息するでっかいダンゴムシみたいなセロリスの仲間は交尾前ガード※1をしているようにみえる。

※1:交尾前ガードとは、交尾に先立ちオスがメスに覆いかぶさるなどして、交尾相手を確保する行動のこと。

ROVの投入によって、セロリスの生態を捉えることができた。

このように生態情報を得るには現場の映像を捉える必要があるのだが、人間が潜れない水深はROVが活躍するというわけだ。このセロリスは無事にROVとビームトロールで採集することができたため生態の情報がセットになった状態で標本にすることができた。南極のベントスがどのように暮らしているのかを知ることは彼らの保全にも重要なことであることから、生態情報を得たうえで標本を得ることは最良のサンプリング手法である。

南極で採取されたベントス。

南極の海底でどんな生き物がどんな暮らしをしているのか、それは海氷下に隠された大きな謎であり、まだまだ今後の調査が必要だ。

自見直人(じみ・なおと)
自見直人(じみ・なおと) 名古屋大学 附属臨海実験所 講師
愛知県岡崎市出身。大学時代は潜水部。海に潜っているか部室でゲームばかりしていた。見たことのない生き物を探すことが好きで研究職を続けているが、新種ばかりで終りが見えない。砂浜で1 mmの生き物を探したり、深海に潜ったり、南極に行ったりしている。専門は系統分類学。