南極の昭和基地には、国立極地研究所(以下、極地研)が建てた建築物が現在60棟以上あります。研究者や隊員が滞在する宿舎・観測用の建屋は国内で設計、製作をおこない、南極で組み立てています。南極特有の環境に合わせた設計や仕様について、施設建築チームの永木毅チームリーダーに解説してもらいました。

- 永木毅(ながき・つよし)
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南極観測センター施設建築チーム チームリーダー。2008年、日本大学大学院理工学研究科博士前期課程建築学専攻修了。大学時代は山岳部に所属していた。専門分野は設営(建築・土木)。47次隊(越冬隊)、平成22年度外国共同観測派遣(プリンセス・エリザベス基地:ベルギー)、58次隊(越冬隊)、61次隊(夏隊)に参加。64次、65次隊では副隊長兼夏副隊長を務めた。
70年の歴史が積み上がる、日本の南極建築
南極における建築で一番大切なことは、輸送条件によって建築規模が決まるということです。建築資材は南極観測船「しらせ」で運ばれ、昭和基地の接岸地点まで届けられますが、「しらせ」に積載できる物資量には限りがあることと、南極での輸送を効率良くおこなうために輸送容器(コンテナ)に合わせたサイズで建築資材を準備する必要があります。次に大切なことは、簡単に建てられる構造であることです。観測隊員の中で、建築のプロや大工は3〜4名程度、その他の隊員は研究者や医師など、建築に関わったことのない人が大半を占めています。そのため、専門知識がなくても建てられる仕様でなければなりません。さらには、環境への対策も大切です。南極では極寒や乾燥に加え、「ブリザード」と呼ばれる猛烈な吹雪にも対応する必要があります。風速40メートル毎秒を超えることもあり、厳しい条件をクリアしなければなりません。

1957年に昭和基地が開設されてから70年弱が経ちました。南極の気候や地形がよくわからなかった当時は、かなりオーバースペックな設計がされていたといわれています。建屋は当初から木材で造られており、外気温がマイナス40度、屋内が20度とすると、その温度差はおよそ60度にもなります。建屋の構造と断熱を兼ね備える素材として、木材や木質パネルは非常に優れているため、建材として木材が用いられている点は今も変わっていません。

大きく変わった点は、8次隊からコンクリートの基礎を使うようになったことです。以前は地面に建屋を直接置いていたため、ブリザードによる雪の吹き溜まりで出入り口がふさがれてしまうなどの問題がありました。そこで、高床式にして建屋を地面から浮かせる方式に変更されたのです。さらに、その後のステップとして、観測船が大型化し、鉄骨フレームや大きなパネルの輸送も可能になりました。加えて、大型の重機も持ち込めるようになったことで、現在のような高床式で2階建て以上の建屋が実現可能となったのです。

制限が多いからこそ面白い
組み立てやすさの点では、国内でかなりの部分をあらかじめ製作してから南極へ持ち込みます。木質パネルには断熱材を含む内外の資材があらかじめ取り付けられており、床と壁を組み立てるだけで建屋が完成します。いわゆるプレハブ工法(prefabricated-building)と呼ばれるもので、南極で使われていた技法が他現場でも使われるようになりました。また国内で仮組をすることで、足りない部分や不具合も事前に確認することができます。

南極建築の設計で特に面白いのは、多くの制限があることです。例えば、「しらせ」に搭載できるコンテナに収まるパネルサイズとすることがもっとも輸送効率が良く、天井高なども自ずと決まってしまいます。さらに、1回で輸送できる物資量に限りがあるため、2階建て以上の建屋は1年では完成しません。南極では夏の間しか工事ができず、最長でも50日程度です。その中でも、また次の夏に向けて工事途中の建屋を越冬させるための準備をしなければいけない。3階建てであれば、1階ごとに造るといった作業工程で計画します。この南極特有のさまざまな制限こそが南極建築の醍醐味であり、設計者にとっては大きなやりがいでもあります。

また、最初から誰でも建てられるように設計されているので、大工がいないと建たないということではありません。でももっと簡易に建てられる機能的な建材がどんどん開発されるといいですね。南極建築に興味を持った人は、まず国内の建築現場をたくさん経験することをおすすめします。どのような現場経験も、南極では必ず役に立つはずです。
越冬隊員の生活拠点「管理棟」
昭和基地の象徴的な建物としておなじみの「管理棟」は、越冬隊員の生活の拠点で、基地エリアの中心にあります。以前は小さな建屋が点在していましたが、それらをひとつの棟に集約しました。3階に40名程度が座れる食堂ができ、生活がしやすくなりました。建物の足元は高床式になっており、風が抜けることで雪が溜まりにくくなっています。1階は鉄骨構造で、「PC壁」と呼ばれるコンクリートパネルが用いられています。一方、2階と3階は木質パネルを使用しています。1階は倉庫として使われるため、2階・3階の居室としての断熱性能と差があることと予算的にも手頃なのでPC壁に変えています。天井のドームは観測用ではなく明かりとりのために作られました。また、食堂が広いので越冬隊員が全員集まることができます。人が集まることのできる場所があるのがこの建築の重要なポイントです。

車両整備をする「自然エネルギー棟」
雪上車や機材運搬用のトラックなど、車両の整備をおこなうための建物です。車両を出し入れするため、高床式ではなく地上に直接建てられています。雪の吹き溜まりを防ぐため、風洞実験を繰り返した結果、屋根の形状は湾曲したデザインになりました。居住区ではないものの、整備作業には暖かさが必要なため、木質パネルで建てられています。壁面には太陽光パネルが貼られており、発電用パネルと集熱用パネルの2種類が併用されています。


研究者の要望を詰め込んだ「基本観測棟」
名前の通り、南極観測事業の観測カテゴリーのひとつである「基本観測」のための測器や装置が設置され、観測データの収集と国内への送信をおこなう比較的新しい建物です。雪の吹き溜まりを防ぐため、12角形になっています。日射を観測する際に、建物自体が反射してデータに影響しないよう外壁は紺色に塗られています。高床部分は鉄骨構造で、建屋自体は木造でできています。中は観測をおこなう研究者たちが滞在できるような仕様で、個別の部屋はありません。1階にはシャッターで開け閉めできる放球室があり、基本観測棟から繋がるように気象観測用の気球等を放球するデッキが建設されています。

昭和基地で一番大きな「夏期隊員宿舎」
現在建築中の「夏期隊員宿舎」は、第一、第二宿舎がそれぞれ築40年を超えて老朽化してきたため、新たに建設することになりました。建て替えにあたり、さまざまな要望をヒアリングしました。中でも今回力を入れたのが、食堂を大きくすることです。第一宿舎では60名が入れますがL字になっており、ミーティングなどには不便でした。そこで、新しい宿舎では3階に12メートル四方のスペースを確保し、最大80名が一堂に会することができるよう設計しました。これは南極観測船「しらせ」の食堂と同等の広さです。この広さの屋内空間は昭和基地になく、越冬隊と夏隊が気兼ねなく顔を合わせて集まることができる場所としても貴重です。また現在夏隊員が泊まる場所は2段ベッドのドミトリー式4人部屋が基本ですが、やはり個室が必要だということで30部屋造ります。ベッドと小さい机だけですが、それでもプライベートな空間があることはとても大事です。近年は女性隊員も増えてきましたし、トイレや浴室等の設備は男女別に分けて用意しています。建屋は2026年にほぼ完成しますが、電気や上下水道を通すためには発電設備の設営や配管工事もしなければいけません。完成は2030年を目指していますが、居住できるまでまだ少し時間はかかりそうです。今までの南極建築の技術を集結した、昭和基地で最大規模の建物となる予定です。



写真:国立極地研究所、取材・原稿:服部円