Yamato-82038

隕石を眺め、愉しむ、癒しの時間。国立極地研究所・南極隕石ラボラトリーの中藤亜衣子・学術支援技術専門員が、1万7,000個以上の南極隕石コレクションの中から、個性あふれる隕石を紹介していきます。

前回は肉眼で見て美しい暗緑色の火星隕石をご紹介しましたが、今回は顕微鏡を覗いたときに“映える”普通コンドライト隕石のお話をしたいと思います。宇宙空間から飛来する隕石には様々な種類がありますが、その中でも普通コンドライトは特に身近な存在です。2024年4月現在、国際隕石学会に登録されている隕石のうち約80%がこの普通コンドライトに分類されています。

普通といえども、その中身はバリエーションに富んでいます。南極隕石ラボラトリーでは、隕石を薄くスライスし、厚さ30ミクロンまで磨いた、研磨薄片を作成しています。一般的なコピー用紙の厚みが100ミクロン程度なので、薄片作りがいかに繊細な作業かお分かりいただけるかと思います。研磨薄片を顕微鏡で観察することで、隕石に含まれる鉱物の種類や組織の違い、隕石のたどった変質変成の程度を見分けることができます。薄片観察は隕石キュレーターの仕事の要である「分類」に欠かせない作業の1つです。

Yamato-82038 薄片の偏光顕微鏡写真(クロスニコル*1
0.5から1ミリメートルサイズの丸いコンドリュールが美しい。内部はより細粒なカンラン石や輝石からなる

写真の隕石は、第23次南極地域観測隊により南極のやまと山脈付近で発見されたYamato-82038です。これまでの研究により、母天体上での変成変質をほとんど経験していない非常に始原的な隕石であることがわかっています。偏光顕微鏡(クロスニコル)写真の中で特に目を引くカラフルな丸い組織は、主にカンラン石や輝石(きせき)からなるコンドリュールです。コンドリュールは、今から約46億年前、太陽系がまだ原始太陽とそれを取り巻く円盤であった時代に、円盤内に浮かぶ塵(ちり)が何らかの熱で溶けた後、急激に冷えて固まったものだと考えられています。液滴(えきてき)は宇宙空間では表面張力で球状になるため、コンドリュールは宇宙から飛来した隕石であることを判別する目印にもなっています。地球よりも古い時代にできた鉱物たちがこんなにも美しいのだと、見ているだけでわくわくしませんか。研究者にとって隕石は、太陽系の長い歴史を記録した宝箱のような存在なのです。

Yamato-82038 薄片の偏光顕微鏡(オープンニコル*2)写真
コンドリュールの外形がはっきりと見える。右側のコンドリュール中には、カンラン石の隙間を薄いピンク色のガラスが埋まっている。

*1 クロスニコル:偏光顕微鏡を用いて結晶の性質を観察するための手法の1つ。2つの偏光フィルターを使い、光の振動方向を変えることで、結晶の内部で生じる光学的な効果を可視化する。結晶の方位や屈折に関する特性などをクロスニコルを使って観察することで、物質の性質や結晶構造を理解する手助けになる。
*2 オープンニコル:偏光顕微鏡を用いて結晶の性質を観察するための手法の1つ。クロスニコルでは2つのフィルターを使うが、オープンでは対物レンズと接眼レンズの間にある上方ニコルを除いた状態となる。自然光ではなく、無色のサングラス(偏光板)をかけて見ているのに近い。

<次回は、2024年5月21日に公開予定です>

中藤亜衣子(なかとう・あいこ)
中藤亜衣子(なかとう・あいこ)

国立極地研究所 南極隕石ラボラトリー 学術支援技術専門員 。「炭素質コンドライト母天体の熱進化」をテーマに隕石研究に取り組んできました。専門は惑星物質科学。今は隕石の聖地、極地研にて毎朝隕石庫の隕石たちを眺めるのが癒しの時間です。