今回ご紹介する極地観測の現場は北極域の森林。日本ではみられないダイナミックな極域のフィールドで観測・研究に取り組む極地研の研究者たち。彼ら・彼女らが出会った現場の風景と、そこでの研究や発見を綴るエッセイシリーズです。
- 田邊智子(たなべ・ともこ)
- 国立極地研究所 北極観測センター特任助教。専門は森林生態学。樹木生産量が年により変動する要因の解明に取り組む。雲を眺めたり、梅や芋を干したり、少しずつ変化する何かを体感する度に感動する。一見静止しているように見える木も、内部では炭素が運ばれ年輪が作られている。ひとつの木でも、良く伸びる枝とあまり伸びない枝があっておもしろい。
写真家の星野道夫さんが書かれた本には、アラスカに家を建てる時、土地の良し悪しを知る手がかりとして木の種類を見るという話が出てきます。アラスカで良い土地とされるのは、シロトウヒ・アスペン・シラカバの3種そろった場所で、クロトウヒだけの森は地下に永久凍土(2年以上凍結した土壌または地盤)があるかもしれず、家を建てたらいつか傾くかもしれない、と彼は現地で教わったそうです(星野道夫著『イニュニック [生命]』新潮社) 。
木は種類によって得意な生育環境が違うので、生えている木を見ればその土地がどんな場所であるか想像できます。たとえばモンゴル北部には、森林の有無を見れば地下に永久凍土が有るか無いかを類推できる場所があります。首都ウランバートルの北50 キロメートルあたりは永久凍土の分布南限域とされ、主に日当たりの悪い北側斜面に永久凍土が分布しています。森林と凍土は持ちつ持たれつの関係で、木や土壌があるから地下深くの永久凍土が溶けず、永久凍土があるから木は水を吸うことができると考えられています。



樹木が光合成をして取り込んだ二酸化炭素のうち、樹体をつくることに使われた炭素は、樹木が微生物によって分解されたり火災で燃えて再び気体(二酸化炭素)になるまで陸に留まります。樹木がたくさん成長するほど、大気中の二酸化炭素は枝葉や幹、根などに作り替えられ、成長量は年により大きく変動します。
では、どの年にたくさん成長したか、つまりたくさん炭素を蓄積したかを調べるにはどうしたら良いでしょうか。いくつか方法がありますが、ここでは年輪を使った方法を紹介します。季節性のある場所において、樹木は一年にひとつの年輪を形成します。年輪の魅力は、長期モニタリングをしていない場所でも、現地で採取した試料をもとに過去何十年分もの樹木成長が分かるところです。

年輪研究には長い歴史があり、人間の胸の高さ(1.2 または1.3 メートル)の年輪を指標に、年輪幅が広い年は木がたくさん成長した年として、気候などとの解析が進められてきました。一方で、近年の研究から、幹の年輪幅が広い年に枝や根の年輪幅も広いとは限らないことが分かり始めています。わたしたち人間も、体重が増えたときに顔に出るケースや腕につくケースがあるように、樹木も体の一箇所だけを見ていては体重増加量を見誤っているかもしれません。わたしたちの研究では、これまでの指標(胸の高さの年輪幅)をもとに、より確からしい年変動を推定する方法を探求しています。その一環として、枝・幹・根の年輪形成過程の違いや、どこかが太ったらどこかは太らないというようなルールがあるかについて、さまざまな環境下に生育するクロトウヒや、日本のヒノキなどを対象に調べています。




気候危機の今、森林による炭素蓄積に期待がかかっています。一方で、近年の森林火災の大規模化や頻度上昇を踏まえると、北方林は既に炭素吸収源から放出源へと転換しつつあるという報告も出始めました。こうした状況を踏まえ、現状を定量的に評価できるよう研究を発展させるだけでなく、大気中の炭素をできるだけ減らせるよう、さまざまな立場の人と協同し、日々の暮らしの中で自分にできるアクションを積み重ねていきたいと考えています。
【連載】わたしの現場
前の記事|森を通して地球の炭素循環を考える―アラスカ・フェアバンクス(前編)https://kyoku.nipr.ac.jp/article/5212