今回ご紹介する極地観測の現場はグリーンランドのカナック。日本ではみられないダイナミックな極域のフィールドで観測・研究に取り組む極地研の研究者たち。彼ら・彼女らが出会った現場の風景と、そこでの研究や発見を綴るエッセイシリーズです。
- 小川萌日香(おがわ・もにか)
- 国立極地研究所北極観測センター特任助教。学部時代は文化人類学を専攻し、趣味のスキューバダイビングに没頭するなかで海の世界に魅了されました。修士課程から海洋動物の研究に転向し、2025年3月に北海道大学環境科学院で博士号を取得、同年4月より現職。博士課程の研究でグリーンランドでの調査を開始し、アザラシやイッカクを対象に生態調査を進めています。
海のユニコーンで知られるイッカクは、高緯度北極域にのみ生息する鯨類(ハクジラ)の仲間です。夏と冬に、決まった海域を行き来しながら生活しています。
私たちの調査地、北西グリーンランドに位置するカナックは、グリーンランド最大のイッカクの夏の生息域として知られています。しかしイッカクは非常に臆病な性格のため、他の海棲哺乳類のようにボートで接近して観察することができません。近づくとすぐに逃げてしまうからです。そのため、イッカクの生態はほとんど分かっていません。そんなイッカクの生態を調査する貴重な機会を与えてくれたのが、現地で仲良くなったイヌイットハンターでした。
ある日、「イッカク猟についてくるか?」と、夢にも思わなかった誘いを受けたのです。「来たければ、2時間後に出るから用意をしろ」―天候、風向き、海況に大きく左右されるイッカク猟は、いつもこうして唐突に始まります。
彼らの猟法はとてもユニークです。全長およそ6メートルの小さいボートで、カナックから約60キロメートル離れた、イッカクが多く生息する海域へ向かいます。到着するとエンジンを切り、近くの氷山にアンカーを打ち、ただひたすらイッカクが現れるのを持ちます―氷山になりきって何時間でも、何日でも、待ちます。猟が終わるまで陸に戻ることはありません。寝るのも、食べるのも、すべて船の上です。


するとある時、イッカクは突然姿を現します。時には100頭を超える群れが、ボートのすぐそばに現れます。初めてイッカクの呼吸音(ブロー)を耳にした時の感動は、今でも忘れられません。

イッカクを発見したら、ドローンを使って行動を記録します。ドローンにはGPSが搭載されており、ドローンでイッカクを追跡し、その軌跡を解析することで、泳ぐスピードや方向、その時の呼吸頻度、群れの大きさなど、さまざまな情報を得られます。ドローンは、非侵襲的に動物たちの行動を調査できる新しい手法として注目されています。イヌイットハンターが世代を超えて受け継いできた「臆病なイッカクに接近する方法」と、最新技術であるドローンの融合によって、これまで明らかにされていなかったイッカクの行動を調査していきます。

【連載】わたしの現場
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