南極の美しい自然(授業スライドの一部、 武善紀之)

生物や物理の先生ではなく、コンピュータと美術の先生が南極に行ってきました。 南極での経験はインパクトがあったのでしょうか、生徒たちとの向き合い方に変化をもたらしたのでしょうか。教員南極派遣を経験したお二人に、授業や生徒との関係などについて帰国後の変化をリレー方式で執筆していただきました。「教員南極派遣プログラム」は、国立極地研究所が極域科学や極地観測に興味を持つ現職の学校教員を、南極地域観測隊の同行者として南極に派遣するプログラムです。

コンピュータの教員が南極に?

2021年10月、僕は第63次南極地域観測隊の同行者(教員派遣枠)として南極観測に加わる機会を得ました。「教員派遣プログラム」は2009年から始まり、すでに長い歴史がありますが、「情報科」の教員は初めての参加でした。「コンピュータの先生が何で南極に?」。選考委員の方々の中にも高校で情報科を学んだ方はいらっしゃらず、そんな戸惑いの声が、選考の段階でもあったと後に聞きました。

情報科は、プログラミングやデータ分析、ネットワークや情報システムといった情報技術を学び、種々の問題解決に取り組む教科です。2003年度から高等学校における必履修科目のひとつとなり、全ての高校生が学ぶことになりました。「情報科は南極と関係する教科なの?」、まずはそんな疑問を解消したいと思います。

南極観測事業は「技術」の結晶

南極観測といえば、まずは「美しく雄大な自然」、そしてそんな自然を解き明かす「人間」の姿が浮かびます。しかし、以下のフォトコラージュもまた、南極観測の姿です。

南極で出会った「技術」を撮影。

隊員が独自に開発した新型重力計、日本と南極を結ぶ通信アンテナ、大気を観測し続けるPANSYレーダー、気球とともに飛ぶラジオゾンデ、氷河に埋め込まれたGNSS受信機──南極の観測現場には、多種多様な技術が並びます。「自然」と「人間」の間には、常に「技術」の存在があり、人間は技術を通じて自然を解き明かしてきました。観測だけでなく、雪と氷が支配する過酷な環境での生存には設営の為の技術も欠かせません。

南極観測とは、情報科で扱う技術が息づく“生きた現場”でした。技術による問題解決を日々目の当たりにすることは、非常に刺激的で学びの多い経験となりました。そして何より、情報科の教員だからこそ見えたもの、経験できたこと、伝えられる視点がある――その確信を強く得る日々でもありました。

南極観測は、技術を「つくる人」「支える人」が見える場所

単に技術がたくさん存在するだけでなく、南極観測の現場は、「技術は人」を強く感じることができます。

日常生活では、装置の裏にいる人の姿は見えづらいものです。学校や家にいて、何か機器に故障があれば基本的に業者を呼びます。でも、南極では違いました。毎日、技術者たちは隣にいて、機器をメンテナンスし、データを確認し、観測の現場を支えていました。設営部門だけでなく観測部門の隊員にも、技術者寄りの方がたくさんいらっしゃいましたし、また、技術に詳しい研究者の方もたくさんいらっしゃいました。

技術を通じた交流も良い思い出です。昭和基地から届くPANSYレーダーの電波を、南極観測船「しらせ」の上でトランシーバを用いて受信したり、ブリザードの日には廃材を使って研究者と手作り地震計を工作したりしました。

技術者・研究者との技術を介した交流。

また、モノづくりを教える身としては、教わるばかりではなく、やはり自分でも手を動かしたくなります。南極に生徒と作成したセンサを持ち込み、現地のブリザード時の気圧変化を克明に記録できたり、IoT機器の制御に成功したりしたときには、やはり感動しました。自分自身も観測隊の一員になれたと感じるひとときでした。

気象庁のデータとほぼ一致した計測データ。

観測機器や技術者との“いまの交流”とは別に、昭和基地では“過去との対話”もありました。昭和基地にはさまざまな施設がありますが、なかでも心を奪われたのが、RT棟(Rocket Telemetry棟)です。かつて南極ではロケットを使って大気の観測が行われていたそうです。今では人工衛星にその役割が移っていますが、棟内には当時の記録や機器がそのまま残されていました。壁に貼られた発射記録からは、当時の技術者たちの情熱が伝わってきました。

RT棟外観と内部の張り紙。

「技術」・「技術者」を中心に据えた南極授業

南極派遣教員は、南極から日本に向けて「南極授業」を実施します。情報科に限らず、南極は教材の宝庫です。豊富な教材を前に、自分は何を伝えたいのか、伝えるべきなのか。過去にも多くの南極派遣教員が悩んできた道です。出国前に先輩派遣教員からいただいたアドバイス「自分が感動したことを、ただありのままに伝えれば良い」も念頭に置きながら、僕は「技術・技術者」をテーマに授業を設計しました。

技術は単なる手段ではなく、そのものに価値がある本質である――技術を軸に、「技術に関わる人の姿や気持ち」「現地で試行錯誤した経験」「新しく知った感動や楽しみ」を余す所なく伝えようと、「おもちゃ箱」のように技術と技術者をたくさん紹介し、語り、興奮しながら実演しました。

南極授業の構成。

また、当時はコロナ禍で、学校には何とも言えない無力感、やるせなさが漂っていました。そこで、授業内には南極のIoT機器を日本の生徒の声でリアルタイムに操作したり、生徒たちが作った計測装置が南極で動作し、実際にデータを取得できたことを紹介したりするパートも入れました。「あ、動いた!」「動いている!」――「遠い南極に自分が作用している」という実感が、子どもたちの自信に繋がると良いなと考えたためです。「技術」とは、さまざまな可能性の象徴でもあります。

授業後には、「私も含め楽しんで生きていこうという気持ちにさせてくれる授業でした(生徒)」「子供も普段意識しないインフラの大切さを感じていました(保護者)」「隊員の皆様の少年のような眼差しがとても印象的でした(保護者)」といった声も届き、手探りで取り組んだ南極授業の確かな手応えを感じることができました。

この南極での経験が、帰国後の授業や子どもたちとの向き合い方をどう変えたのか。後半では、その続きをお話しします。

武善 紀之(たけよし のりゆき)
武善 紀之(たけよし のりゆき)
筑波大学情報学群情報メディア創成学類卒業。2014 年より、日出学園中学校・高等学校教諭。担当教科は主に情報科・公民科。第63次南極地域観測隊 同行者(教員派遣)。高等学校情報科用教科書(東京書籍)編集委員。NHK高 校講座「情報Ⅰ」監修講師。
南極派遣のきっかけはペンギン,1番好きな動物はアデリーペンギン。
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