採取された海底コアの特徴を記録し、含まれる化石などを調べる様子。

海底の堆積物や生き物に、過去と現在、そして未来の地球環境を知る手がかりを求めて。海の底に魅せられた研究者たちのリレー連載。

 前回は、日本の南極観測船を用いた初の本格的な掘削調査というミッションについて紹介した。このミッションで採取された海底コア(海底の地層サンプル)は合計12本(写真1)。これらを日本に持ち帰って早速分析が始まった。ところで、そもそも何のために海底コアを南極で採取する必要があったのか?今回は、海底コアの地層サンプルには、過去、現在、そして未来の地球環境を知る手掛かりが隠されていることを解説しよう。

写真1:採取された海底コア。円柱状の試料を半割し、断面構造を観察する。

 地質学の基本概念として「地層累重の法則」という言葉がある。地層は、堆積物が累々と積み重なっていおり、下位が古く、上位が新しい時代のものであることを意味している。なので、海底コアの海底面付近は最近積もったものであり、深い地層になるほど古い時代のものである。南極の氷床を掘削して採取するアイスコアに対して、海底を掘削して採取したものが海底コアであるとも言える。

 海底コアの地層サンプルを詳細に研究することで、過去から現在にかけての環境変動の様々な痕跡を見つけることが出来る。例えば、海底コアに石ころが沢山含まれる地層がある(写真2)。これらの石ころは、南極の氷河が大陸を削って運ばれてきたものである。つまり、この地層が積もった時代には、氷河が発達して海底コアの採取地点の近くまで張り出していたことを物語っている。

写真2:採取された海底コアの地層構造。

 今度は、石ころの地層の上に重なる泥の地層(写真2)から採取したサンプルを顕微鏡で見てみよう。何の変哲もない泥であるが、ミクロの世界は想像を超えている。1ミリメートルの10分の1にも満たない不思議な形の粒子が無数に認められる(写真3)。まるで星空のような微化石(ミクロの化石)が出迎えてくれたのだ。これらは、珪藻や放散虫などのプランクトンの一種で、ガラス質の殻を持っているため化石に残りやすい。特に放散虫は、5億年も前から地球上に存在する生きた化石だ。これらの化石が地層中から大量に産出するのは、この時代の海は生物生産性に富んだ豊かな海であったことを意味している。

写真3:微化石が無数に含まれた泥の地層。

 このような「石ころの地層」から「微化石に富む泥の地層」への変化からは、次のようなことが読み取れる。約1万年前(放射性炭素年代測定法による)、南極沿岸には氷河が海に張り出して棚氷が広がっていた(石ころの地層)。その頃、棚氷の下の海中には太陽光が届かなかったためにプランクトンの繁殖が著しく低下していた。その後に起こった温暖化に伴う氷河の後退によって石ころは減り、太陽光が海中に差し込むことでプランクトンの生産性が上昇したのである(泥の地層)。このような環境は、約1万年前から現在に至るまで比較的に安定していた。

 ところが最近、棚氷の融解が急速に進み、この安定性が崩壊するかもしれないと騒がれている。棚氷の下に温かい海水が入り込んで氷を融かしているというのだ。このまま融解が進むと、ある時、歯止めの利かない大規模な氷床の減少が起こるかもしれない。いつ、何処で起こるのか?この疑問を解くための有望な手段としてスーパーコンピュータを使ったシミュレーションが期待されている。しかし、観測事例のない未来の事象に対して正確なモデルを構築することは簡単ではない。実際にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)がまとめている将来の気候予測もモデルによる差が大きい。

 このような未来予測モデルの高精度化を図るためには、観測記録のない過去の様々な環境変動の事象も補足的な条件として与えていく必要がある。特に記録の少ない南極の沿岸域は重要だ。我々が採取してきた12本の海底コアからも過去から現在の環境変動を読み解き、そこに隠されたメッセージを未来予測に繋げていかなくてはならない。それが、我々に託された次のミッションだ。

<次回は、2024年8月27日に公開予定です。>

板木拓也
板木拓也 産業技術総合研究所 地質調査総合センター 研究グループ長
北海道札幌市出身。大学時代は探検部に所属し、尊敬する有名人は植村直己とフリチョフ・ナンセン。将来は探検家になるという夢は儚くも破れ、「山や海をフィールドとする自然科学は探検に似ている・・」との思い込みで路線変更、地質学の世界へ。専門は、海洋地質学、微古生物学、古環境学。